第194話 信仰対象

軍事力という暴力装置に頼らず、各人の良心と法によってどこまで国を治めることができるのだろうか。


元の世界でも様々な統治者が様々な方法で試みた国家の統治。

だが、全ての統治者に共通しているのは、武力を背景にした権力の行使。

如何なる法も、理念もそれを守らせ従わせるためには、民を従えるだけの軍事力が必要となる。

言葉が通じ合うのであれば、話し合うことで解決できるはずだという綺麗事の実際は、声がより大きく知恵が働く者が有利になるというだけのことで、結局は軍事力なり知力なり、財力なり、力の有無が全てを左右するだけのことである。


学校で習った範囲で、手本にするべき為政者を思い浮かべるが、このミッドランド連合王国の特殊な種族構成に合致する人物、統治手法は思いつかなかった。


結局のところ、各種族が曲がりなりにも団結できていたのは、三魔将あるいはルオネラの眷属たちという共通の敵が存在したからで、現在の様に何の介入もなく、その脅威が薄れてしまえば、それぞれのエゴが少しずつ表に現れてくる。


自らの種族優先という考え方が平時には強くなり、それが各種族から寄せられる訴状という形となってクロードを悩ませていた。


闇エルフ族の占拠事件が解決したのも束の間、各種族にあてがった所領や権益に関する訴状が相次いだ。領土の境界から始まり、所領をまたがる水源の利用権、鉱山の採掘を巡る水質の悪化に対する苦情、はたまた種族間の差別による諍いなど、様々な案件が相次いだ。


クロードは各種族長と協議を重ね、同様の案件を事務的に処理できるように判例を作らせながら、最終的な裁定は自らが下した。


重要な案件以外は自分たちで処理できるように各種族の代表からなる裁判所に当たる組織を立ち上げることにしたが、そのための人材が育つまでにはかなりの年月がかかるだろう。


この異世界に来て自分の身に備わった人並外れた力と軍隊の力で多少強引でも支配してしまった方がどれほど楽かと何度も思ったが、そんな考え方は自分らしくないと思い直し、根気強く政務を続けた。



どれだけこのミッドランド連合王国の民たちのことを考えているつもりでも、一人の力では各種族たち、いや、民一人一人の行動を制御するなどということは不可能だった。


様々な場所で、様々な人々がクロードの考えも及ばないような行動を起こし始め、目まぐるしく変化し始めた。


狼頭族はイシュリーン城からはるか北に所領を貰ったが、種族の大半がその所領に移住し、その所領に≪ウルフェン≫という国を築いた。

オロフは、族長の座を弟に譲り、クロードの臣として仕えることを選んでくれた。

狼頭族には都市化を進める首都アステリアに馴染めぬ者も多くいたようで、自然を生かした彼ら独自の国作りをするのだと聞いている。


各種族が国を作り、連合国を形成するという構想だったので、この変化はむしろ他種族へ良い影響を与えるのではないかと期待したが必ずしもそうはならなかった。


単一種族による建国を行う種族とそれをあきらめ、クロードが名目上治めていることになっている人族の国への合流を望む種族の二つに分かれてしまった。


猫尾族、鳥人族、鬼人族、闇ホビット族は、その人口比率に応じた広さの所領に移住し、建国を始めた。

首都アステリアに来ていなかった同族を集め、それぞれの土地でそれぞれの国を作ることになった。


しかし一方、闇エルフ族、闇ドワーフ族、ドワーフ族、夜魔族、竜人族は、各種族長連名で所領の返還と人族の国への合流を申し出てきた。


夜魔族や竜人族はその人口の少なさから領地を貰っても持て余してしまうという意見が出ていたのでわからなくもなかったが、その他の種族については、アステリアに住んでいない同族を集めれば十分建国するだけの力を有していると考えていたので想定外だった。


闇ドワーフ族、ドワーフ族は領土内の鉱山の採掘権を認めてもらえればそれで良く、むしろ首都アステリアでの鍛冶工業と鉱山の開発に専念したいらしい。自分たちの国を作り、国政やら領土防衛など煩わしいことをするのは彼らの気質に合わず、このままクロードの統治に委ねたいという話だった。


そして何より一番意外だったのは闇エルフ族だった。

古くは自分たちの国を築いたこともあると聞いているし、その閉鎖性から、もし仮に各種族が建国した国々からなる連合王国が完全に成立した場合、力を持ちすぎて他国に優位性を誇示するのではないかと警戒していたくらいだったのだ。


気位が高く、人族を見下してすらいた彼らが、自分たちの国を建てず、保証された領土すら放棄したのはなぜか。


詳しく事情を調べると、またしてもクロードが考えていなかった状況が見えてきた。


クロードを現人神として祀り、妄信する宗教がラジャナタンから移住してきた人々の間で、いつの間にか広まり、森の精霊王を信仰していたはずの闇エルフ族も感化されたのか独自にクロードを信仰対象に加えるようになってしまったのだという。


報告を聞き、クロードが人族の居住地で見たものは我が目を疑う光景だった。


おそらくドワーフ族の職人の手によるものなのだろうか。

両手を広げて立つクロードと思しき石像に多くの人々が跪き祈りを捧げている。

人族だけではない。闇エルフ族やその他の種族の者も多くはないがいた。

クロード像は右手に炎を纏い、左手にはこぶし大の石のようなものを握っていた。

顔や体型は美化されて、本人としては全く似てないと感じたが、祈る人々の「クロード様」という囁きに、途端に居心地が悪くなり逃げ出したくなってしまった。

そして、石のクロード像の横には、見覚えがある女が立っていた。


ラジャナタンの神官メレーヌだった。


メレーヌはクロードが血止めのために焼いた左上腕の火傷跡を≪聖痕≫と呼び、石神しゃくじんウォロポの体内から生まれ出でた新たなる神をクロード王その人だと力説していた。


一瞬、メレーヌと目が合ったような気がして、クロードは慌ててその場を去った。




各種族がそれぞれ自分たちの国を持ち、同等な国力を有しながら、互いの国を共助し、監視し合いながら加盟国の発展を目指す連合王国の構想はその完成を見ることなく頓挫してしまった。


他種族の領土の返還を受けたことでクロードが治める人族の国は、複数種族混成の最大領土の国家となり、ミッドランド連合王国は一強となったこの国家がその他の種族の国家を庇護するだけの多国間同盟の枠組みになり果ててしまったのだ。


全ての種族が平等に暮らせる国作り。


こうして、「ぼくのかんがえるりそうのこっか」は失敗に終わってしまった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る