第193話 居場所

ミッドランド連合王国の冒険者ギルドには、いわば職業安定所の機能も期待していた。


魔境域に暮らす人々の大半は狩猟と採集の生活をしていたので、職業意識が乏しい。

山野を巡り、自分たちが必要なくらいの食料を得られれば良いと考えており、冬に対する備えは別にしても余剰な富をたくわえることに対する関心が薄い者がほとんどである。


首都アステリアは急激な人口の集中により、狩猟や採集だけではその人口分の食料を賄うことが困難になることが予想され、そのために開墾し農地化を進めているが、これだけでは不十分であるとクロードは考えた。


国を富ませ、民を飢えさせない。

そのためには、国力の増進と産業の振興が欠かせないと考え、その起点にと生前のオイゲン老に諮ったのが、この冒険者ギルドの設立案だった。


今の軍制では、多くの職業軍人を抱え続けることは出来ず、武芸に長けている者は戦乱時にはこの上もなく頼もしくはあるものの、平時の産業構造の中においてはその居場所が無い。手に職などあればいいのだが、そうでない者は力を持て余し、社会のはみ出し者になりかねない。こうした一歩間違えればならず者と化しかねない者たちの力も有効に使わせてもらおうと考えたのだった。


なにより冒険者の中には野に埋もれてはいるが素晴らしい才能を持った人材もいるかもしれない。

名を上げた冒険者の中に、組織に馴染む者がいれば人材として登用することもできる。

立ち上げたばかりのこの国ではとにかく人材が必要だった。



冒険者ギルドの報酬は、マテラ渓谷の遺跡群で発掘された硬貨で支払われることになる。この硬貨を受け取ったところで、何の価値も見出せなかったのが、従来の魔境域の人々であったが、今は違う。


クロード・ミーア共同商会が販売している魔境域外の貴重で珍しい品々や日用品、食料は、この硬貨でなければ買うことができないので、今や人々はこの硬貨を得ようと躍起なのである。


手先の器用な者は職人を、狩猟の得意な者は余分に取れた分を商いに、体力に自信があるものは国が募集する人足で汗を流す等々、各々が得意とする分野で硬貨を得ようという、いわば職業の芽生えのような状態が訪れつつある。


貨幣の流通を促進させ、それにより経済活動を活発にする。

冒険者ギルド設立にはそういった狙いがあったのだ。

国が様々な依頼を出し、それに対する対価を貨幣で払う。

そのことで貨幣の流通量が増し、経済が回る。



冒険者ギルドの依頼は多岐にわたり、魔物の討伐依頼、未開地の調査、鉱石や薬草等の物資納品といった人族の冒険者ギルドにもあるような仕事の他、大工や農作業などの手伝いや人探し、護衛、道案内など国以外の依頼人によるクエストも少しずつ増えてきた。


始めは初代ギルドマスターが紅炎竜レーウィスで、副ギルドマスターがリタという何とも言えない未知数の人選だと思っていたが案外これが上手くはまった。


紅炎竜レーウィスはとにかく暇なのか積極的に冒険者たちの面倒を見て、実力的に不安がある冒険者に同行しながら、その達成を手伝ったりしているし、リタに至ってはその貴重な≪鑑定≫のスキルで、持ち込まれた買取品の査定をしたり、冒険者の実力に沿った適正なランク付けをしてくれている。

忙しすぎて、自分の時間が取れないとリタはこぼしていたが、討伐された魔物の魔石も回収できることで≪魔物使役≫の能力を有するリタの所持戦力アップにつながっているし、とてもうまく機能していると思われた。


なにより二人は気性的にもどこか馬が合うらしく、リタは専属秘書官の肩書を残してはいるものの、色々と難解な問題を抱える国政の仕事よりも今は冒険者ギルドの仕事が楽しいらしい。城に滞在している時間がかなり減った。


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