第192話 人材

エンテの芝居がかった言葉は、少し効果が有り過ぎた。


自分たちが崇拝する信仰対象が現れ、直接他種族であるクロードに忠誠を誓うことを命じた。

その事実が、森の精霊王から最も寵愛を受けていると信じ切っていた闇エルフ族としての誇りを打ち砕き、彼らのアイデンティティを揺さぶった。


精霊に対する感応力が高い闇エルフ族は、目の前に現れた森の精霊王が本物であることを確信し、幻影や幻術の類であるとは微塵も思わなかったようだ。

語り合うのではなく、一方的に告げられた形であったので、反論を言う余地は無く、従うか、信仰を捨てるのかという究極の選択を彼らに突き付けた形となってしまったのだ。


これに対する闇エルフ族たちの選択は、極端な形での服従だった。

森の精霊王に対する信仰を捨てることはやはりできなかったようで、占拠グループのリーダーであるディネリードの指示で武装解除と占拠地の即時解放がなされた。


翌日、この騒動に参加した者たちはディネリードを先頭に、全員自らを縛にかけた姿で、エーレンフリートに伴われ出頭した。

これは如何様な裁きも甘んじて受け入れるという意思を示したもののようだが、二百名にも及ぶ捕縛された人の群れはとても大仰で、城門前の広場は一時騒然となった。

出頭してきた二百人の家族たちであろうか。彼らの後方で多くの闇エルフ族が跪き、慈悲を乞う声を口々に上げている。


「浅慮にも森の精霊王の主たるクロード王に反旗を翻した罪。首を刎ねられようが、生き埋めにされようが、私はいかなる処分も甘んじて受けます。率いる者として未熟で愚かだった私にすべての罪があります。他の者の命だけはどうかお救い下さい」


≪迷い森のヴリャーネ≫の氏族長でもあるディネリードが力なくそう言うと、全員無念そうな様子で頭を垂れ、跪いた。

エーレンフリートの配下がクロードの前に木桶を差し出した。

クロードに矢を放った若い戦士は首を跳ねられ、その首がこの木桶の中に納められているという。


クロードは天を仰いだ。


このような決着はクロードの望むところではなかった。

あの場所から撤収し、揉め事を起こしたことを周辺住民に謝罪してくれればそれだけでよかったのだ。

このような投降劇など必要なかったし、矢を放ったあの若い戦士にしても殺す事はなかった。

確かに矢を射られたのが自分でなければ、命にかかわることだったとしても後味悪く、せめて処分の方法については任せてほしかった。


闇エルフ族は独善的で他者の指図を受けたがらず、損得や実現可能性を考えずに独自の動機で行動を起こす傾向があることが今回の騒動でよくわかった。


信仰、思想、種族特有の価値観。


今回の騒動をこれほどまでに大きくしてしまったのは、自分の無知と為政者としての能力の無さだ。

オイゲン老なら今回の事態をどう収めただろうか。

いや、彼がもし存命でいてくれたのなら、このような事態は最初から起きていなかったのではないであろうか。


各種族に対して適切な対応を取れていないことを痛感した。



クロードは、この後、岩山の里のテーオドーアや各種族長たちに相談し、処分を決めた。


ディネリードたち二百余名の罪状は、首を刎ねた若き戦士の命と早期の投降に免じて、今回は不問とすることにした。

以後は軽挙妄動を慎み、何をするにせよ闇エルフ族の七氏族長による話し合いを経るようにディネリードには釘を刺し、テーオドーアにその仕組みづくりをするように命じた。


ディネリードについては、氏族長の交代をすべきだという声も上がったが、今回の教訓を生かしてもらう方が以後の混乱が起きないのではないかという判断で、これは却下した。

氏族長になったばかりであったディネリードには、血気にはやる者たちを押さえるだけの力と経験がなかったようであるし、やり直す機会を与えたい気持ちもあった。


もし仮に氏族長の交代がどうしても必要であるならば、それは彼らの氏族内で行えばいい話だ。

連合王国の各種族の独立性を損なうような干渉は出来るだけ抑えたかった。


処分が軽すぎるという意見が各種族の族長たちからもでたが、まだ建国間もない今の状態で粛清を行うのは、恐怖や力による統治をおこなうつもりのないクロードにとっては理想と大きくかけ離れた手段に思えたし、やりたくなかった。


衝突や軋轢を繰り返しながらも、連合王国が掲げる多種族による協調の理念と法を根気よく浸透させていくしかない。



精霊樹を中心とした森林公園については、闇エルフ族の心情を配慮して、公園の整備、管理を彼らに担わせることにした。

精霊樹の世話をすることは彼らの本意であるようだし、不満の解消にもなるだろう。

結果として精霊樹の管理を担えることになったわけであるから、ディネリードに対する風当たりも少しは和らぐであろうし、闇エルフ族に対して恩を売ることもできたのではないだろうか。

連合王国としても闇エルフ族に管理を委託することで不要な維持経費などの削減になる。


もともと自然に囲まれて生きている闇エルフ族に森林公園という概念はないので、詳しく説明する必要はあった。

人の手を入れ、人によって守られた森。

自然のままの森を愛する彼らにとっては何か矛盾する場所である気がするが、こうして保護しなければ、都市の発展と共にやがて失われていくのは元の世界でも同様であった。

立ち入りを制限するのは精霊樹周囲の一部のみとし、基本的にはだれでも利用できるようにと注文を付けた。

公園内は植樹を進め、園路を設けるなどして利用しやすくするほか、立ち入り禁止区域には標識で区画を明示するなどして管理してはどうかと助言を与えた。



クロードは今回の一件で、やはり国政を担う人材を広く求める必要を感じた。

オイゲン老に頼りきりだったこの国が自分たちの力で継続していけるように。

そうすれば、自分が王から退こうが、元の世界に戻ろうが、何の心配も無くなる。


今回の件でもつくづく思ったが、自分は王には向いていない。

平和で王政というものに馴染みのない国に生まれたせいか、あるいは持って生まれた自分の性格ゆえなのか、他者を強く説得したり、自分の意見を押し通すのがどうにも苦手だ。


死んだヅォンガにも、もっと威厳を持つように言われていたが、これがなかなか難しい。

国造りの楽しさは少し感じているが、自分は一事業の現場主任くらいが精神的にも丁度いい。この世界に来る前の人生設計でも安定企業に就職して、あまりしんどくない部署で定年まで勤めあげることが目標だった。



まずは、ミッドランド連合王国内の人材登用制度を整備し、国の内外問わず、賢人を求めることにしよう。

後事を託す王として相応しい人物と国を支える人材。

これらを早急に見つける必要がある。


国家としての形が定まった上で、国政が安定し、後継者が見つかったなら、王位を返上して、自由な冒険者に戻るのも良いだろう。


クロードは早速、執務室に籠ると制度と賢人を広く求める布告の草案を練り始めた。



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