第191話 解

さて、どうしたものか。


ディネリードとエーレンフリートのやり取りを見ながらクロードは考えていた。


闇エルフ族側は、この場所の占拠を解く気は無いようであるし、武力で排除した場合、彼らとの間に何らかのわだかまりが残るのは確実である。

動機は、森の精霊王への信仰からくるもので私利私欲などではない。


周辺住民からすれば理由もわからず勝手なふるまいをする一団に不満があるというだけのことで、周辺住民を納得させてこの地に立ち入らないようにすれば住むだけの話であるような気はする。


「ディネリード、君の言い分はわかったが、この先はどうするつもりだ。いつまで占拠を続ける? これだけの数の兵力を常駐させ続けるのは現実的には困難だろう」


クロードは両手を上げ、敵意は無いことを示しながら、エーレンフリートの傍らに歩み寄り、ディネリードに尋ねた。


「知れたこと。この精霊樹を中心にここに我らの国を作る。貴様らには何かと世話にはなったが、そのこととは問題が違う。戦になるならば戦うまで」


ディネリードは厳しい表情のまま、警戒の色を崩さない。

相当な覚悟のようだった。

精霊魔法を再び使えるようになったことも彼らの強気の理由にもなっているのかもしれない。


とはいえ、首都のど真ん中に国を作られるのは困る。

この場所は精霊樹を中心に樹木を植え、森林公園のような人の手で管理しながらも都市化を進める予定のアステリアの中で自然が感じられる場所にする計画であった。

そのため、小さい町なら一つ丸丸と入るほどの広大な敷地を空き地のまま残してあるのだ。


「クロード様、どうかここは私めにお任せを。彼らは森の精霊王の復活という突然の慶事に本来の冷静さを見失っている。私は闇エルフ族同士殺し合うような事態にはしたくないのです」


エーレンフリートが必死な表情を浮かべている。

いかに闇エルフ族が優れた種であっても、他の種族全てを敵に回して目的を遂げられる可能性は無く、信仰の熱に浮かされたただの愚挙であることを彼は理解しているのであろう。かつてザームエルの支配下にあった闇エルフ族とその他の闇エルフ族の間にはある種の温度差のようなものがあるようだった。


「エーレンフリート、大丈夫だ。そのようなことにはしない。だが、ここに国を作るという勝手を許すこともできない」


「ほざけ!人族如きがっ」


ディネリードの背後で、弓を構えていた若い闇エルフ族が突然声を上げるとクロード目掛けて矢を放った。


矢は左胸の辺りを目掛けて飛んできたが、クロードは事も無げに矢を掴んで止めた。


「馬鹿者!」


これには流石にディネリードの叱責が飛び、矢を放った若い闇エルフ族はすぐ周りの同族たちに地面に取り押さえられた。


「これでわかっただろう。我らは本気だ。こうなったからには互いの正義をかけ、雌雄を決するほかはない」


ディネリードは、平静を装いながら吐き捨てるように言った。


「お前たちが崇めている森の精霊王は、本当にこんなこと望んでいるのか? 」


「知れたこと。偉大なる森の精霊王は何も語らぬ。だが、長きにわたり共に生きてきた我らにはわかる。この石造りの都を見よ。傲慢にも木々を切り倒し、大地を暴き、人間の欲望のままに姿形を変えようとしている」


「語ってもいないのに、望んでいることが本当にわかるのか?お前たちは精霊の言葉を聞くというが、精霊王の声は聞こえないのか?もし精霊王の考えと違っていたらどうするんだ。確認してからでも……」


「黙れ。我らの信仰を愚弄するのか。なんという侮辱、さすがに許せぬ」


ディネリードは震える手で剣の鞘に手をかけた。


自分の力で説得しようと思ったが、微塵の疑いも抱いていないディネリードの眼を見るに、頑なに信じ切っている彼らの考えを覆す能力は自分にはなさそうだと悟った。


クロードはため息をつき、左手を顔の前に持ってくると薬指の精霊石の指輪に向かって話しかけた。


「すまない、エンテ。申し訳ないが闇エルフ族を説得してくれないか。俺には無理そうだ」


森の精霊王エンテは、精霊樹に宿った後、クロードに精霊石の指輪を残した。

エンテの親愛と忠誠の証なのだそうだ。

精霊石の指輪は、精霊樹や魔境域内の全ての木々と繋がっており、どこにいてもこの指輪さえあれば、エンテと通じ合ったり、呼び出すことができるのだと教えられた。


クロードの呼び掛けに精霊樹が淡い緑色の柔らかい光の波動を放ち始めた。

光はやがて人型になり、森の精霊王エンテが姿を現した。


森そのものを体現したような威厳と姿だった。

幾重にも折り重なった深緑の衣を纏い、頭には青い花冠を被っていた。

全身には森の木々がつける無数の木の葉のような心象を投影したオーラを漂わせている。


前回会った時より、さらに精霊王らしい見た目だった。


闇エルフ族たちは武器を捨て、精霊樹に向き直り、跪くと、皆一様に頭を垂れた。

ディネリードも一瞬我を失ったようであったが、慌てて他の者に倣う。

ユーリアやエーレンフリートも同様だ。


やはり闇エルフ族にとって森の精霊王の存在というのはとても大きいものなのだろう。


クロードが持っているエンテの印象は、敵に捕まったり、危うく消滅しそうになったり、焦げたりと少しドジなところがあるが愛嬌あるマスコットのような感じだったので闇エルフ族との認識の差に少し驚いてしまった。


わらわは森の精霊王エンテなる。この魔境域の森を統べる精霊王にして、クロード王の眷属に連なるものである』


「眷属? 今何とおっしゃいましたか。王とはいえ、人族ごときの眷属とは」


ディネリードは信じられないという様子で、顔を上げた。


『言葉を慎め。森の民の女よ。森羅万象を前に人族も汝らもいかほどの差異があろうか。クロード王の言葉はわらわの言葉である。その言に従い、血と忠誠を捧げよ』


森の精霊王エンテは、それだけ言うと再び精霊樹の中に戻って行った。


去り際、クロードに向けてウインクひとつ送ってきたが、皆平伏していたのでそのことに気が付いた者は他にいなかった。




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