第190話 問題

森の精霊王であるエンテが宿ったゴルドフィン杉は、日々目を見張るような成長を続け、数日後には信じられないくらいの巨木になった。


これには首都アステリアに住む人々も驚き、近くで見ようと連日沢山の人が詰めかけるようになったが、精霊との交信を再び行えるようになった闇エルフ族がこの巨木を森の精霊王が宿りし精霊樹であることに気が付き、危害を加える者が現れぬように公園予定地ごと占拠してしまう事態になった。闇エルフ族たちは武装し、他種族が侵入せぬよう公園の周辺を木の柵で覆い始めた。

見物に来た周辺住民が闇エルフ族の占拠グループと小競り合いになり、軽傷ではあるがけが人が出た。


クロードは、ユーリアとエーレンフリートを連れ、闇エルフ族の占拠グループと周辺住民の間の仲裁をする羽目になった。


闇エルフ族の占拠グループはかつて創世神ルオネラの側に着いた七氏族の垣根を越えて構成されており、これは闇エルフ族全体の総意であることが窺えた。


リーダーになっているのは、闇エルフ族の七氏族の中でも二番目に多い≪迷い森のヴリャーネ≫の氏族長ディネリードだった。

彼女は、美人揃いの闇エルフ族の例にもれず、整った顔立ちではあったが、目が少々吊り上がってきつい印象を与える女性だった。

人族で言えば三十代半ばくらいの印象だが、人間の三倍ほどの寿命を誇る彼らのことである。見た目通りの年齢でないのであろう。


ディネリードは未亡人で、魔将マヌードに寄生され、分裂体になり果ててしまった元氏族長の妻だった。彼の死後、≪迷い森のヴリャーネ≫の掟に従い氏族長の後を継いだのだとユーリアから説明された。


「クロード王、ミッドランドを統べるあなたであってもこの神聖なる精霊樹には近寄らせるわけにはいかない。もし、力ずくで来るというのであれば我らは命を捨ててでもこの精霊樹を守らねばならない。どうかお引き取りを」


ディネリードは闇エルフ族の戦士を引き連れ、公園予定地内に布陣していた。

その数は二百名ほど。精霊樹を囲み、辺りは物々しい雰囲気で包まれていた。

どちらかと言えば荒事を好まない闇エルフ族にしては珍しい昂り方であった。


「ディネリード、皆の武装を解除するように言え。恐れ多くもクロード様に弓ひくなどと、許されることではないぞ」


エーレンフリートは一歩前に出て、ディネリードに語りかける。


エーレンフリートは、魔将襲来時に受けた利き腕の怪我の影響で、未だ剣を握ることができず武器は所持していない。傷口は塞がっているはずだが、握力が戻らず、悩んでいるようだと姉のユーリアが心配していた。


「ふん、エーレンフリート。高貴なるエルフ族の誇りを忘れ、下等な人族の犬に完全になり下がったか。我らエルフ族は森と共に生きる民。森の精霊王の現身うつしみたる精霊樹をお守りするのが我らの役目。粗暴で野蛮な他種族を近寄らせるなど許されることではない。邪魔立てするならば、テーオドーアの倅と言えども容赦せぬぞ」


ディネリードの言葉に反応してか、彼女の背後に控える数名が弓を構える。


ザームエルの統治下に暮らしていたオイゲンやテーオドーアたちと異なり、その他の闇エルフ族は気位が高く、他の種族を見下す傾向にあるのは、彼らを難民として受け入れてすぐ感じていた。

彼らの言葉の端々に、自分たちの優位性と他種族への侮蔑が感じられたからだ。

難民として受け入れてもらっている立場にもかかわらず、気位の高さを最後まで崩さなかった。自分たちは困っているわけではないが、厚意に対して礼は言っておく。そんな態度だった。オーク族に対しては近くに寄られることすら忌避していたし、難民として野営していた時も他種族と交わろうとしなかった。


確かに人族には聞こえない精霊たちの声を聞き、秘伝の霊薬を作ったり、魔道の技も他の種族と比べて得意のようだ。寿命も長く、容姿も優れたものが多い。

自分たちを他より優れた種族だと自負するのも無理からぬことかもしれない。


クロードがこの多種族からなる連合王国を思い立った時からの懸念事項の一つがこの強すぎる種族愛だった。自らの種族を特別なものと思う気持ちが強すぎて他種族への差別が生じ、争いとなる。

それぞれの種族を尊重しつつも、他種族との融和をいかに図るか。


この占拠事件も、これからミッドランド連合王国で絶えず起こり続けるであろう種族間の差異が生み出す諸問題の始まりに過ぎないのかもしれなかった。



 

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