第188話 幻想夜曲

冒険者ギルド開設から二日後の深夜、クロードはオルフィリアを連れて首都アステリアの中心に位置するある場所を訪れていた。


この場所は、国の管理する公園にするための予定地でありそのための縄張りと植樹がなされており、現時点では一般の者は立ち入りできない場所になっている。

植えられた苗木は、魔境域外から持ち込まれたもので、植えられてから日が浅いこともあって、捻じくれだったり奇妙な葉をつけていたりという変化は今のところない。


公園の中央には、広いスペースがあり、その真ん中にはゴルドフィン杉の苗木がちょこんと植えられている。

ゴルドフィン杉は樹齢三千年を優に超えるとされる長寿の木で、建物の構造材はもちろんのこと家具や様々な用途に用いられる。ヘルマンによれば、特に珍しい木ではなく、その辺の森や林に生えている木だという。

かなり変容してしまっているがイシュリーン城周辺に生えている木ももともとはゴルドフィン杉がほとんどだったらしい。


この苗木の地中深くには、今は亡きオイゲン老の亡骸が眠っている。

生前、本人が周囲に語っていた「死んだら、墓石ではなく古来に則って、埋葬した場所に木を植えて欲しい」という希望を叶える形で、首都アステリアを常しえに見守ってほしいという願いを込めてこの場所に埋葬した。


ゴルドフィン杉を選んだ理由は堅く、真直ぐでどこかオイゲン老の為人ひととなりを思い出させてくれるからだ。宰相の地位にあっても贅沢することなく、昼夜この国の明日をひたすら考え、尽力してくれた。気難しそうだが、実は素朴で親しみやすい。ゴルドフィン杉のイメージそのままだった。



「エンテ、ここでいいのか」


クロードが声をかけると、精霊石の指輪はそのままに、森の精霊王エンテが姿を現した。


夜空に輝く月の光を受けて、浮かび上がるエンテの姿はどこか幻想的に感じられた。

半透明で微かに瞬き、その髪と着衣には木の葉や花の心象が顕れていた。

穏やかな笑みを浮かべ、エンテがゴルドフィン杉の苗木の前に立つ。


ぬし様の手厚い保護のおかげで、ようやく森の精霊王としての力の全てが戻りました。長きにわたりこの魔境域の森を管理する役割を果たせずにいましたが、今日、この時、この地より≪大地の神≫ドゥハーク様に創られた本来の存在意義を取り戻せまする』


エンテの姿がほどけて、粒子状になるとゴルドフィン杉の苗木に吸い込まれていった。


苗木は見る見るうちに大きくなり、見上げるほどの高さになった。

もはや成木と言えるぐらいの状態だが枝ぶりが良く、姿形が整っている。


『魔境域の森よ。木々よ。森に生きる全ての生命よ。わらわは帰ってきた!』


ゴルドフィン杉の若木から不思議な光が放たれ、その柔らかで温かい光が辺りに広がっていく。

大地が輝き、エンテの力とも大地に立ち込めていた瘴気のようなものとは違う神気があふれ出す。


『主様、わらわの精霊力と、ルオネラの堕ちた神気によって遮られていた≪大地の神≫ドゥハーク様の神気が繋がり、精霊たちも落ち着きを取り戻したようです』


ゴルドフィン杉の若木から聞こえるエンテの声に、オルフィリアは頷き、「たしかに精霊たちの声が聞こえるようになったわ」と呟いた。


「ちょっといい?『ルッカよ。夜明けの輝きよ。辺りを照らせ。』」


オルフィリアのしなやかな指先に、小さな白い発光体が現れた。


どうやら、魔境域内でも精霊魔法が使えるようになったみたいだ。

オルフィリアはその美しく整った顔に、少女のような無邪気な笑顔を浮かべていた。


雲一つない夜空に浮かぶ月明りと、ゴルドフィン杉の若木が放つ淡い緑色の光。その指先に純白の光球を浮かべ、はしゃぐ森の乙女。


深夜に訪れた束の間の幻想的光景だった。

辺りに人影は無く。ただ、風の音と木々の枝がこすれ合う音だけが夜の静寂に響いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る