第185話 光陰如流水

首都建造計画、移民受け入れによる国力増進、未整備森林の開拓、クロード・ミーア共同商会を隠れ蓑にした密貿易。

オイゲン老が生前、組織してくれた行政府は機能し、国家として維持していくための管理や運営のための業務を日々滞りなくこなしてくれている。


一見すると全てが順調に進んでいるように見えるが、自分個人に焦点を当てると、停滞、あるいは迷走している。


元の世界に戻る方法につながる情報は得られず、何の進展もない。

何の進展もないまま、月日が水のように流れ、この異世界に来てからもう少しで一年近くが経とうとしている。

元の世界の時間の流れと一致しているかはわからないが、もしこの世界に来ていなければ社会人一年生で、新しい環境に慣れようと悪戦苦闘していたことだろう。

一人で当てもなくこの広い異世界を訪ね歩くよりも、王として様々な人々と関わった方が有益な情報を得られるのではないかと考えたのは間違いであったのだろうか。


創世神ルオネラに直談判しようにも、あれから大魔司教ことデミューゴスからの接触は無く、その一派と言われる九人の≪使徒≫にも未だ出会っていない。


デミューゴスたちにとってこの魔境域はあまり価値がないものであったのか、それとも何か他に考えがあるのか。

いずれにせよ、静かすぎる。

当初は、この魔境域を必死で取り返しに来るものと予想していた。

儀式のための供物を必要としているようであったし、他の人族の国々に隠れて色々やる分には、この魔境域は随分と都合のいい場所ではなかったのだろうか。


ルオネラ一派が襲撃してくれば、その過程で何人か捕縛し、ルオネラの居所や彼らの知っていることを洗いざらい話してもらうつもりでいたのだが、すっかり当てが外れてしまった。

わざわざ、デミューゴスがいるという神聖ロサリア教国の国教近くのラジャナタンの集落にまで出向いたが、接触はなかった。



正午を報せる鐘の音が執務室の外から聞こえてきた。


これはクロードの指示によるもので、イシュリーン城の尖塔の一つに設置した鐘が一日三回、朝、正午、日暮れ前に鳴る。

時間に合わせて行動するという概念があまり浸透していない魔境域において、少しでも民の生活に規律を持たせることで、各種族間の価値観の差異を埋めるきっかけの一つになればと始めたものだ。

同じルールに従って生活していれば、何かしらかの共感性を生むのではないかと考えたのだが、イシュリーン城の鐘の音は思いのほか好評で、特に規則正しい生活を好む働き者のドワーフ族たちにとっては、時間を意識することで生産性が上がると喜ばれた。


ふと、腹の虫がなった。


クロードは人間離れしたこんな体になっても腹はすくのかと自虐しながら、執務机を離れた。王としての政務にも慣れ、最近では机の上の書類が溜まることも少なくなってきたので、割と自由時間もとれるようになってきた。


今日は首都アステリアの商業区にとある建物が完成したらしく、その記念式典に呼ばれているので、その後の宴で遅めの昼食をとることに決めている。

専属秘書官兼護衛役のユーリアを呼び、城外に出た。


ちなみにその建物とは、魔境域で初めての≪冒険者組合ギルド≫である。





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