第183話 精霊王

夜が明けて、土砂に生き埋めになった人たちの捜索は再開された。

ラジャナタンの人々の顔には、皆一様に悲しみと疲労を浮かべており、口数は少なかった。


オルフィリアが使役する≪大地の精霊≫により、地中に埋まった被災者のおおよその位置がわかるため、救出活動に無駄がない。

加えて、朝方から呼びかけに応じるようになった森の精霊王エンテの協力も得られたので昼過ぎには全住人の安否が明らかになった。

怪我人は軽症のものを含めると二百八十一人。重傷者三十一人。死者十八人。


家族の無事が確認され歓喜の声を上げる者、悲痛な泣き声を上げる者、その反応はその都度、様々であったが、山中の広くなった場所に並べて置かれた死者の亡骸を囲む人々の眼差しには、肉親を失った者もそうでない者も同様の深い悲しみが宿っていた。

長い迫害と流浪の日々がそうさせたのであろうか。

ラジャナタンの人々は、同族意識が強く、一族全体が家族という認識があるようだった。実際、血縁を辿ると皆どこかでつながっているそうで、そうした意識が自然と強まることは仕方のないことかもしれない。

内部の強い結束は、よそ者を歓迎しない排他的ともいえる雰囲気を醸成する。


クロード達も同様に、村を訪れた際は「よそ者」として見られていたのだと思うが共に救助作業をし、精霊魔法や≪岩石操作≫といった超常的ともいえる力の行使を目の当たりにしたことで、ラジャナタンの人々の態度に変化が表れ、気が付くと崇拝の対象であるかのようなものに変わっていきつつあった。


さらに意識を取り戻した神官メレーヌがクロードを「黄石神ウォロポの生まれ変わりだ」などと言い始めたことにより、ラジャナタンの人々が不気味なほど親切になった。


「私は見た。≪護黄石≫が砕け散り、中から眩い神々しい炎が顕れ、石神しゃくじん様がその炎と一つになるのを。このお方こそが我らを導く新たなる現人神なる……」


神官メレーヌはその美貌と言ってもいい容姿にもかかわらず、鼻息を荒くし、白目を剥きながら、両の乳房をあらわにし、髪を振り乱して、叫び、そして失神した。

血を多く失っていたのに、あれだけ頭を振り乱したので、おそらく貧血をおこしたのであろう。




ラジャナタンを訪れて二日目の夜、石神しゃくじんウォロポの祭壇があった高台の開けた場所で≪霊送りの儀≫が執り行われた。

ラジャナタンは死者を火葬で送る風習があり、これは大地に埋めると悪い獣が死者の霊を奪い去ってしまうと信じられているからで、焼いて骨にしてから埋葬する。その上に神官が選んだ石を置く。

各地を転々と移り住んできた民族だからであろうか。

その石を拝んだり、墓を供養のために訪れるということはしないそうだ。


丸太を組み作られた台の上に、被災者の遺体を並べ、遺体下の薪や落ち葉に火を放つ。

昨夜の曇り空同様、今宵も月は見えず、時折、雨が降ったりして、火勢が弱くなったがクロードは≪火炎操作≫と≪発火≫で、儀式の進行を助けた。



≪霊送りの儀≫の炎を眺めながら、オルフィリアが森の精霊王に関するあれこれにつき尋ねてきたので、エンテに頼み姿を現してもらうことにした。


わらわは森の精霊王エンテ。森の娘よ。わらわに何か用か』


森の精霊王エンテは、いつものように裸身ではなく、深緑の木の葉を張り合わせて作ったような美しいドレスに身を纏い、植物を具象化したような形状の髪にはところどころ綺麗な花があしらわれていた。

精霊王というより精霊女王というべき優雅さと威厳溢れる姿で少し見違えた。


「ああ、なんということでしょう。本当に森の精霊王様だわ。用などととは滅相もございません。お目にかかれただけでも光栄の極みです」


オルフィリアは普段見せない動揺ぶりで頭を垂れ、片ひざを折る。


ぬし様の仲間ということであるし、縁深いエルフ族ということもある。わらわは主様の眷属になった故、≪盟約≫を結ぶことは叶わぬが、困りごとがある時は何か力になってやっても良い』


「あ、ありがたきお言葉」


オルフィリアは顔を上げず、畏まった様子で言った。どうやら、彼女たち森のエルフ族にとって、エンテは崇高で信仰の対象たる存在のようだ。

森の精霊王は、それぞれの森の四元素精霊を支配し、統制する役割を担う存在であるらしく、その存在無くしては森はバランスを失い正常な環境を保てなくなっていくのだそうだ。

魔境域の森がまさにそれで、精霊たちが暴走し、それに神々の大戦時に敗れ朽ちたルオネラの現身に残った創世神としての神気が影響し、今の姿になってしまったということだった。


クロードはエンテに、火神を取り込んでしまった影響もあるし、休息をとるならオルフィリアの側の方がいいのではないかと提案してみたが、これは即座に拒否されてしまった。


先ほどまでの威厳はどこへやら、「主様はわらわに飽きてしもうたのだ」とかめそめそと嘆き恨み言を言い、そしてクロードが提案を取り下げると、満足したような顔で左手の薬指に、指輪となって戻っていった。


そんな両者のやり取りをオルフィリアはあっけにとられた様子で眺めていた。





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