第182話 信仰

石神しゃくじんウォロポが引き起こしたらしい地震の被害は甚大なものであった。眼下に見下ろす斜面のところどころに建っていた家屋は倒壊し、場所によっては大きく地滑りを起こしていた。


石神しゃくじんウォロポを取り込んだ今ならばわかるが、どうやら地中の石という石を振動させあの地震を引き起こしたらしかった。

ウォロポの力の中で、今のクロードにも使えるものは≪岩石操作≫と≪岩石創造≫の二つだけだった。あの石の中に閉じ込める技のようなものは自らを信仰する信徒の力なくしては使えないようであったし、あのウォロポ固有の神域内限定の力のようである。



族長の家が建っていた辺りまで降りていったが、オルフィリアたちの姿は無く、どうやら他の被災者の救助に向かったようだ。

クロードは負傷して意識がない女を族長デランズの家人たちに託し、自らも救助に向かうことにした。


族長デランズの家人たちの話では、この女はウォロポに仕える神官で名をメレーヌというらしい。メレーヌの顔中を覆っていた刺青が無くなっていたことに、家人たちは驚いていたが、よく見ると族長の娘の頬にあった刺青も消えており、そのことを指摘すると「聖印が消えてしまった」と嘆いていた。


山中をしばらく下っていくと、族長デランズの指示のもとラジャナタンの比較的若い者たちが救助活動をしており、その中にオルフィリアやヘルマンの姿があった。


オルフィリアは、≪大地の精霊≫の力を借りて、土砂に埋まった人々の救出を手伝っており、ヘルマンは応急手当の心得があったのか、骨折したらしい老人の腕を副木で固定してやっていた。


クロードも早速、ウォロポから得た≪岩石操作≫でオルフィリアの作業を手伝った。

人の力では持ち上げられない岩を浮かばせ、下敷きになっているものがいないか確認し、安全な場所に移動させる。


精霊魔法を介さないクロードの≪岩石操作≫を見たオルフィリアは、「何か自信を無くすわ」とため息を漏らした。


この救助作業の光景を見ていたラジャナタンの人々は、クロードを石神しゃくじんウォロポの化身だと驚き、中には平伏し、祈りを捧げる者まで現れた。

ウォロポ自身による無差別な力の発露によって、被害を受けたというのに、未だ人々の信仰心は消えていないようで、この異世界における宗教の存在の大きさに改めて驚かされた。


元の世界では、初詣やお盆、彼岸などの風習があったが、特定の宗教に帰依していたわけではなく、大方の日本人と同じように、それらの存在を否定することは無いもののある種のイベント的なものととらえ、節操なく寺にも神社にも参拝していたし、クリスマスも祝ったりした。


だが、この世界の人達は違う。

それぞれに特定の存在を信仰し、それを生きる支えとしており、信仰は生活の一部だ。オルフィリアたち、エルフ族でさえも精霊を崇め、信仰の拠り所にしている。

そういえば神々と精霊の関係はどうなっているのかとふと気になったが、尋ねてみても、精霊石の指輪となり、左手の薬指に宿るエンテからは反応がなかった。

正直心配だったが、しばらく様子を見守るほかはない。


救助作業は日が暮れて、辺りが見えなくなるまで行われた。

現時点でも怪我人の数は軽症のものを含めると数百人に上り、死者は二人だった。未だ安否のわからない者がまだ数十人おり、捜索は明日も行われることになった。


不幸中の幸いだったのは、家屋の造りが粗末な木造で屋根や梁などの構成材が軽量であったので下敷きになって重傷を負う者が少なかったことだ。命の危機にある者のほとんどは土砂に生き埋めにされた人たちで、その人たちを救うべく、クロードは≪次元回廊≫を使い、ヘルマンを伴い、彼と付き合いのある医者や薬師を連れてきて治療を頼むことにした。



この夜は、曇り空で月明りもなかったため、ラジャナタンの人々は倒壊した家屋の木材を使って焚き火を作り、夜を過ごすことにしたようだ。

焚き火の灯りは狼などの危険な野生生物だけでは無く、魔物を早期に発見する上でも欠かせないので、家屋を失った今、絶やすことは出来ない。


族長デランズの話では、村の神殿にある≪護黄石≫がある限り、魔物の類は近寄ってこないので安全だということだったが、もう既に破壊されてしまったという事実についてはついに言いそびれてしまった。


不可抗力とはいえ、彼らの大事にしていた御神体を粉砕してしまったのだ。

クロードは少し責任を感じ、≪危険察知≫で寝ずの番をすることに決めた。



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