第180話 有様

火神としての有りようを思い出せ。

あくまでもベースがクロード自身で有る為か、あるいは人のみであることの限界なのか、膨大な情報の片隅に知識としてはあるものの、かつて火神オグンであった者の助言がなくてはその選択を取り得なかった。


自分の経験則が邪魔をして、あくまでも人としての判断をしてしまう。


火神としての有りようとはおそらく、神々がとる二つの形態――≪人様態じんようたい≫と≪神様態しんようたい≫の内、≪神様態しんようたい≫を指すものだと思われた。


神々は自らを創造した、さらに高位の大いなる存在を崇拝し、普段は≪人様態じんようたい≫と呼ばれる比較的人族やその他の亜人たちのような姿を取っているが、その本性は様々な生来の性質を色濃くした≪神様態しんようたい≫にある。


オグンであれば≪火≫、ウォロポであれば……≪石≫であろうか。


クロードは虚無の大海を脱し、肉体の意識を取り戻すと、火神オグンの≪神様態しんようたい≫になろうとしてみた。


しかし、やはり人間としての肉体が邪魔をして、≪神様態しんようたい≫になることができなかった。

全身のほとんどがクロードのままで、右手の一部と魔鉄鋼の長剣を握る、人差し指と中指が実体を伴った炎に変じただけであった。


炎に変わった右手の指の温度を上げてみる。

何度まで上げることができるかわからないがこの石の箱から脱出するためには、この石の融解温度を越えなければならない。

一部だけでも自由になれば脱出は可能であろうし、現時点ではこの方法にすがるしかない。


クロードの右手の炎部分は赤から黄色、そして白色へ。


『ひぃ、主様、これは一体。主様の指の温もりで心地よく眠りについておりましたのに、この熱さは。ああ、熱い。ああ堪忍してください。堪忍して……、ああぁ』


左手の薬指で精霊石の指輪と化していた森の精霊王エンテの悲痛な叫びが聞こえたが、間もなく静かになった。


どうやら熱せられて伝わってきた石の温度、あるいはクロードの右手から放たれる神の火の余波とでもいうべきものがエンテには相当応えたらしい。


クロードは右手側の石をどろどろの溶岩状にすると強引にそこから外へ出た。


右手に握っていた愛用の魔鉄鋼の長剣も、≪神の火≫の熱に耐えきれず半ば溶け落ち無残な姿になっていた。



密封状態からの強引な脱出方法だったので、衣服から露出した部分は擦り傷だらけだし、皮膚に火傷があった。どうやら火神オグンを取り込んだ影響か、人の姿の部分も火炎や熱には耐性が付いたようであったが、それでもさすがに石を溶かすほどの温度にはさすがに影響を受けざるを得なかったようだ。


しかし、それすらも≪自己再生≫で瞬く間に治ってしまう。


いよいよ自分は人間とはかけ離れたものになり果ててしまったのだと実感させられつつも、目の前で動揺した顔の石神しゃくじんウォロポに向き直る。


「何じゃと、儂の≪石柱封殺≫から出てきたというのか。そんな奴今まで見たことないぞい」


石神しゃくじんウォロポは、黄色い石で覆われた体を震わせながら後ずさった。


「自分で始めた闘いなんだ。後悔はないだろう」


おかしい。昂っているのか。こんな好戦的な言葉を自分が使うとは。

少し違和感を感じながらも、クロードは全速力で石神しゃくじんウォロポとの間合いを詰めると部分的に神様態化した右手をその岩石のような肌をした胸部の中央に突き刺した。


人差し指と中指の火力を上げ、≪神の火≫の熱エネルギーをウォロポの体内に注ぎ込んでやった。


「うぉおのれぃ、ここが儂が作った世界ならばこのような不覚を取らなんだものを。口惜しや、口惜しや」


それが石神しゃくじんウォロポの最後の言葉だった。


石神しゃくじんウォロポは、内側から溢れ出る≪神の火≫を抑えきれず、目から鼻から、そして口から。体中のありとあらゆる穴、そしてクロードが右手を突き入れたその場所から、≪神の火≫を吹き出し、そして爆ぜ散った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る