第177話 怒少髪天衝

一族の行く末がかかった大事な選択である。

族長デランズの言う通り時間をかけて考えるべきであろう。


クロードは、オルフィリアたちに声をかけ、立ち上がろうとしたが、その時、突然、大地が揺れた。


天井から、煤やほこりが落ち、建物が軋む。

外からは、この集落の住人のものと思われる悲鳴が聞こえ、見ると自分以外は立ち上がるのも一苦労という感じだった。


「建物が崩れるぞ。外に急げ!」


クロードは、オルフィリアとヘルマンを無理矢理立たせつつ、出口に誘う。


オレリアンや族長一家もクロードの呼び掛けに急かされるように這いつくばりながら、外にでた。


全員が避難したのを見届け、出口に向かおうとしたクロードの頭上から、家の梁代わりに使っていた丸太が落ちてきたが、右手で払いのけ、そのまま外に出た。


族長の住んでいた木造の小屋は屋根が崩れ落ち、見れば周りの家も全壊ないし半壊の状態であった。

震度で言えば5あるかないかというぐらいの揺れだが、この世界に来てから地震らしい地震はなかったので、少し驚いてしまった。


揺れはまだ続いている。


『出ていけ。この里から出ていけ』


脳内にしわがれた老人のような声が響いた。

この世界の住人が話す言葉ではなかったが、意味が分かった。

意図せずして自分の中に取り込まれた火神オグンの記憶の中にある言語だったからだ。火神オグンが誰と話すときにこの言語を使っていたのかという記憶は、残念ながら失われていたが、少なくとも弱り切り、神としての本来の姿を失い、忘れてしまった炎の塊のような姿のオグンが使っていた歌のような言語のようなものとは違う。

この言語は、もっと厳かで神秘的な響きがあり、高度で洗練されていた。

そして自分の心あるいは脳に直接語りかけてくる声が≪想念波≫と呼ばれるものであることも知識としてあった。


クロードは自らに向けられた≪想念波≫の発信地点の報告に向かって走り出した。


「クロード!」


オルフィリアの呼ぶ声に、振り返り「みんなを頼む」と言う。


今立っている場所から見下ろすと、山の斜面に建っていた小屋のほとんどは倒壊し、中には火事になっているものもあった。


急がなければならない。

このぐらいの揺れでも長時間続けば地形にどのような影響が及ぶかわからない。


族長の家から少し上の方に族長の小屋よりも立派な小屋があり、その建物の前に顔中に入れ墨を施した女が四つん這いになり、揺れに耐えていた。

年はクロードと同じくらいだろうか、結構美人の部類に入る顔立ちだが刺青の奇抜さと白目を剝いた狂気じみた表情が全てを打ち消している。


「神はお怒りだ。外からやってきた邪悪を追い払わねば里が滅びる。お前!お前だ!お前こそが邪悪だ。立ち去れ、すぐさま立ち去れ」


刺青の女は四つ足の動物の如く、すごい形相でゆっくりと這ってくる。


なにかB級のホラー映画のような芝居がかった様子に、一瞬たじろいでしまったが、こんな女にかまっている場合ではない。


≪想念波≫は、この族長の家より立派な目の前の建物の中から発せられている。


クロードは扉を蹴破り、中に入った。


小屋の中には太い丸柱が何本も建っており、部屋というより何か神殿のような儀式ばった造りだった。所狭しと建っている丸柱には何か文字のようなものがたくさん彫り込まれており、その奥の祭壇には赤子くらいの大きさの黄色い石が座布団のような敷物の上に安置されている。


そして、その黄色い石に重なるようにして、ひどく貧相な老人の姿がぼんやりと浮かんでいる。

老人は半裸で腰に黄色い布のようなものを巻いており、とても痩せていた。

手足は細く長く、あばらが浮き出て、さながら生きる骸骨のような姿だった。

深く落ち窪んだ眼は赤く光り、伸ばし放題に伸びた髭は地面に着くほどの長さで、頭頂部の中心にある少ない髪の毛は尖り、天を指していた。


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