第174話 話題誘導

宗教上、あるいはその他の理由で、土地を追われ、故郷の地を失った人々がいるというのは、元の世界でもないことでなかったが、それらの人々が現在どこにいるかもわからないし、探し当てて、移民を勧めるというのはどうにも現実ではないように思えた。偶然出会うことになり、話の成り行きでというならありうるかもしれないが、今やらねばならないことではない。


「机上の空論。雲をつかむような話だと思っただろう。わしは何も、あてもなく方々を探せと言っているわけではない。いるのだよ。今まさに、このクローデン王国内に実際に住む地を求めて彷徨っている人々が。そして国家間の摩擦、そして諸問題を生じる原因となっている。わしはクローデン王国中に支店を置き、行商人を国の隅々まで派遣しているので、時間差はあるが、様々な情報がわしの耳には届く。どうだね、人助けだと思い、君の国に彼らを迎え入れる気はないかね」


話が何とも思いがけない方向に転がってきた。

何とも返事がしがたい内容の話だ。

マルクスは商売人であって、慈善事業家だという話は聞いていない。彼に何の得があるのかわからないし、意図がわからない提案には即答しかねる。

それに、今日自分が呼ばれた最大の理由がこの件にあるのではないかとすら思えてきた。巧みに話題を誘導させられていたような印象があったからだ。


「警戒しているようだな。無理もない話だが、これは誰も損をしないし、関わったすべての人間に利があるという素晴らしい提案なんだ。話だけでも聞いてくれないか」


クロードが話だけは聞いてみると了承の意を伝えるとマルクスは、「この話をする前にいったん休憩にしよう」と言い、給仕たちに軽食と香草茶を人数分用意させ、自身はいったん退席してしまった。


そしてすぐに一人の若者を連れて戻ってきた。


若者の名前は、オレリアンと言い、クローデン王国の東の隣国である神聖ロサリア教国から来たのだという。

全身にブロフォストではまず見ない民族色豊かな模様が入った服を纏い、その顔は日に焼けて浅黒く精悍だった。髪は少し茶色味がかっているものの、黒と言って良く、目は少し赤みがかっていた。顔立ちは彫りが深く、精悍で、目には強い意志のようなものが宿っているのがわかる。


マルクスの紹介を受けたオレリアンは礼儀正しく、その場にいた全員と挨拶すると彼と彼の一族が置かれている状況について語り始めた。


オレリアンの一族は、ラジャナタンと呼ばれる神聖ロサリア教国が誕生する前からその土地に住む原住民族であった。しかし、ロサリア教への改宗を求められ、それをかたくなに拒んだラジャナタンは厳しい弾圧と迫害を受けた。

彼らは古くからウォロポと呼ばれる土地に伝わる神を信仰しており、その教えをとても大事にしているそうだ。


現在の人口は三千人前後で、現在は神聖ロサリア教国の迫害から逃れてクローデン王国内の国境近くの山に半砦化した住居を作り住み着いているのだという。その生活は狩猟採集が中心で貧しく、生活の困窮に耐えきれなくなった者たちは、付近の村を荒らし、街道で追いはぎなどを行うようになっており、治安の悪化を問題視したクローデン王国からは退去を迫られており、その地を治める領主の兵とは何度か衝突したという話だ。

ラジャナタンはその迫害の歴史からか自衛の手段に長けており、山中という地形の恩恵もあって、今はその討伐の手を逃れてはいるが、このような状況は長くは続かないと危惧したオレリアンは、とある伝手をたどり、マルクス・レームに一族の行く末を相談するためにブロフォストを訪れたのだという。


「実はわしの母方にはラジャナタンの血が流れておる。わしの祖母は、ラジャナタンの氏族長の娘だった。つまり、わしの体にも、ヘルマンやミーアの体にも彼と同じ民族の血が流れていることになる。彼の口からラジャナタンの窮状を知り、何とかしてやりたいと思っていたのだが、魔境域と王都を自由に行き来できる不思議な力を持つ君ならばなんとかしてくれるのではないかと思い付き、ここに呼んだのだ。商売の今後について話した内容ももちろん重要だがね」


マルクスは毛が無く丸みがある頭部に布を当て、汗を拭きながら、ばつが悪そうな様子で伏し目がちに言った。

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