第173話 禁足地

マルクス・レームは、クロードの答えに複雑な表情を見せた。


「そうだ。債務の一方的な支払い拒否。武力で強引にやる方法もあるだろうし、何か適当な罪をかぶせて商会そのものをつぶし、全財産を没収するなど、方法はいろいろあるだろう。愚鈍な現王エグモントや貴族たちはまだこの考えに至ってはいない。レーム商会は、わしの代で少しずつではあるがクローデン王家との距離を取るようになったんだ。他の五大商会からは、レームはマルクスの代で勢いがなくなったなどと揶揄されているがな」


「クローデン王国を見限ろうとお考えですか」


「いや、話はそう単純ではない。もはや我らは分かち難いほどに結びつき、依存しあっている。肥大化しすぎた商会を維持するためには、それなりの取引量が必要なのだ。クローデン王国一極集中から、君の作る国がもう一つの足になり、我らの取引対象になり得るのか、それを見極めたいがため君を今日呼んだ」


「見極める? 」


「そうだ。ヘルマンの報告を聞くに、君が進めているミッドランド連合王国も多くのリスクを孕んでいる。例えば国を構成している種族が多様すぎること、そして魔境域という土地の問題だ。」


たしかに習俗、文化、生態。種族によっては人族と大きく異なり、同じ都市内で生活していくことが困難な者たちもいる。だが、それ故に連合王国という緩やかな共存体制をとることにし、そういった種族は与えた所領に自分たちに適した国を作り、代表者を首都に派遣させることにしたのだ。

クロードは、今、各種族間の共通のルールというべき、法律の制定を進めていることなどを交えながらマルクス・レームの懸念を解きほぐすべく、事細かに説明した。


クロードとしてもレーム商会の財力、そして自分や狩猟採集の生活をしてきた魔境域の民にはない、この世界特有の長年にわたり蓄積された人族のノウハウというべきものが、国を立ち上げる上で必要だと痛感していたのだ。


「魔境域という土地の問題とは? 」


「あの土地は問題しかないだろう。まず何といっても魔境域内を跋扈する魔物。これはどうしている。人族もいると言っていたが、あのような土地に本当に住めるのか」


なるほど、確かに自分も初めて魔境域に足を踏み入れるまでは、それに近い認識だった。しかし、魔境域内に住む人々にとっては魔物は人工的に創られた疑似生命体に過ぎない存在であるし、魔物が襲うのはかつての神々の大戦の折、ルオネラの側につかなかった種族に限定されているようなのだ。

これらの魔物は≪命令オーダー≫と呼ばれるスキルでその行動規範を書き換えることが可能なので、首都アステリア近郊では定期的にリタが多くの護衛を引き連れ、首都アステリア内に住む人族に対する無害化を図っている。

さらに首都アステリアの星型の防壁には結界石が置かれることになっており、夜魔族の防護結界が張り巡らされ、正規の出入口以外からの侵入は困難になる予定だ。


話しても信じてはもらえない部分もあるだろうし、明かせない部分もある。

必要な部分だけを上手く拾い出して、十分な安全対策が取られていることを説明した。


クロードとのこうしたやり取りは長時間に及び、ようやく納得したのか。

マルクス・レームは自身が考えるミッドランド連合王国とのかかわり方を明かしてくれた。


マルクス・レームの考えはこうだ。


首都アステリアの建造に必要な物資の販売については、あくまでもクロード・ミーア共同商会を通じて行う。今、クローデン王国に目を付けられるのは避けたいようだ。取引量についてはレーム商会が行いうる限度まで増加させることを了承してくれた。

これで首都建造における物資不足とミッドランド連合王国内の食糧問題が解決に進むだろう。自給自足のための種苗の購入も同時並行で進めているので農地拡大とともにいずれ効果が見えてくることだろう。


マルクスが率いるレーム商会はあくまで人族の代表商会の立ち位置で、ミッドランド連合王国内で商いをするつもりらしい。

まずは首都アステリアにある元家畜人間たちの居住区を発展させ、移住希望者がいれば積極的に移住させ、レーム商会の支店を作り、人族街とでもいうようなものを作る。そこを中心にして、他種族との交流を深め、いずれは他種族の国とも交易をおこなう。軌道に乗ったら、人族のものとされる所領に人族だけの都市を作り、ミッドランド連合王国を構成する人族の国の体裁を整える。

レーム商会が本腰を入れるのは、それらの環境が整ってからで、投資と支援はするが、それ以上の深入りはこの段階では考えていないとマルクスは断言した。

人口五百人足らずでは、商売相手としても不足だというのだ。


「しかし、移住希望者など人族の中にいるでしょうか?」


「魔境域に国を興そうなどと考えるのだから、君はロサリア教徒ではないだろう。何か信じている教義はあるかね?」


突然、マルクスは話題を変えた。


正直、この世界に来てからあまり宗教というものに関心を持っていなかった。

何度か話題にも上っていたのでロサリアという神については聞いたことがある。

たしか≪九柱の光の神々≫の主神だったと記憶している。


「いえ、特にありません。神の存在は訳あって、信じざるを得ない状況ですが……」


「まあ、そうだろうな。ロサリア教だけではなく、その他の神の宗派でも、魔境域は、かつて魔王が拠点を置いた呪われた禁足地とされている。最近では王家や貴族たちが魔境域に可能性を見出し、調査隊を派遣し続けているが、普通の人間は、とても住んだり、国を作ろうなどとは考えない。近づこうとすら考えないだろう。ちなみにわしは≪大地の神ドゥハーク≫の信者だ。財物と鍛冶、商売繁盛の神でもある。このクローデン王国に住む者のほとんどが、≪九柱の光の神々≫のいずれか、あるいは全てを信奉している」


魔王。バル・タザルの話では≪九柱の光の神々≫が戦ったのは創世神ルオネラということだったが、一般の教義ではそういうことになっているのか。

禁足地ということであれば、いかに環境を整えたところで移住させるのは難しいかもしれない。


「それでは、やはり移住希望者などいないのでは?」


「クロード、君はもっと世界をその目で見て、多くを学ぶ必要があるな。なぜ、わしがヘルマンに行商の真似事をさせているのかわかるか。人を見る目を養い、広く世界を学んでほしいからだ。世の中は自分の常識では測れないものが多くある。人も同じだ。君がそうであるように、光の神々の加護を願わない者たちが実は多く存在するのだ。土着の神、あるいは自然神などの信仰を持ち、むしろ光の神々の教義を持つ者にとっては迫害の対象になる者たち。彼らの多くは土地を追われ、各地を放浪したり山野で隠れ住んでいたりする。彼らを君の作ろうとしている国に移民として迎え入れてはどうかな」

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