第172話 危惧

マルクス・レームはなかなか本題に入ろうとはしなかった。

ミーアが取り仕切っておる物品の大量購入や魔境域産の薬草で作った様々なポーション類や物産の販売手法を褒めたり、今後の商会の展望などにつき助言をくれたりした。

多忙な身の上だと聞いている。その貴重な時間を割いて、会ってくれているのに、久々に会う娘との雑談で終わるはずはない。

ミーアの方も父親とはあまり上手くいっていなかったのか、話を聞く表情が硬い。

そのようなことを考えていると、突然、マルクス・レームの視線がこちらの方に向いた。


「クロード王、いやクロード会長と呼ぶべきかな」


「いえ、マルクス・レーム会長。ここは魔境域ではなく、今日は商会の代表としてきました。ただのクロードで結構です」


「そうか、ではわしのこともマルクスと呼び捨てにして結構だ。年は離れているが、対等である商会の代表同士、余計な建前は抜きにしよう」


マルクス・レームは、厳しい表情崩し、どことなくヘルマンとも共通する人懐っこい笑顔を見せた。深く刻まれた眉間の皺と頑丈そうな顎の骨格のせいか、第一印象はとても怖そうだったが、こういう笑顔を見せられると一気に胸襟を開きたくなるような不思議な魅力がある。


「クロード、君はこの王都ブロフォストをどう思う。ヘルマンの話では、君は今、魔境域内に都市を建造しているらしいが、君の眼にはどのように映っている? 」


このマルクス・レームの問いかけの真意は何だろう。

王都ブロフォストの長所を上げれば良いのか、あるいは問題点の指摘を望んでいるのか。


「首都アステリアとは、歴史の深さというか、積み上げてきた年月が違いますし、文化的にも成熟していると思います。「壁の都」と呼ばれているだけあって、守りも堅固で、城塞も攻めようと考える気を削ぐ威容かと思います」


「ふむ、物は言いようだな。君が作ろうとしている首都アステリアを赤子と例えるならブロフォストは老人だ。発展は頭打ちで、日々緩やかに死に向かっている。過剰に張り巡らせた城壁、傷んだ石畳、風雨にさらされ続ける城塞。巨大になりすぎた体のあちこちを維持するだけでも莫大な金がかかる。その金は誰が出していると思う? 我ら商人だ。クローデン王国は、財政難で何か事業ひとつやるにも我らに金を借りなければ何も出来んのだ。民からの税収は、我らが貸し付けた金の金利の支払いで手いっぱい。これが王都ブロフォスト、いやクローデン王国の実情だ」


はじめて聞く話ばかりだった。

自分が見る王都ブロフォストは、各地から人が集まり、商業も盛んで潤っているように見える。入都の際の検問や巡回する衛兵を見ても都市の防備は機能しているように見えるし、まさかそのようなことになっているとは思えなかった。

隣の椅子に座っているミーアの方を見ると、無言で頷いた。

自分が不勉強なだけで、商人の世界では常識なのだろうか。


「王家とそれに連なる貴族どもと我ら商人の関係は非常に明快だ。連中はその軍が持つ武力によって、魔物だの野盗だのからの安全や財産権を保障する代わりに、我らには金銭を要求する。だが、おかしいとは思わんか。奴らが保有する軍を維持する金は誰が出していると思う? それも我ら商人だ」


マルクス・レームの言葉に熱が籠りだした。

彼の言いたいことが少しずつ分かってきた気がする。


「つまり、クローデン王国の実質的な支配者は、もはや王家ではなく、商人、それもレーム商会のような大商会たちだと仰りたいのですか」


「そこまでは言っていない。だが、独自の財源に乏しい王権と我ら商人の力の均衡が壊れつつあるのは確かだ。返済不能になりつつある莫大な債務を王家や貴族たちはどうすることもできず、更なる借金を重ね続けている。魔境域から溢れ出る魔物の討伐や隣国との小競り合いで生じる戦費が重くのしかかり、財政は悪化を辿る一方だ。強くなりすぎた商会の力を押さえようと商業ギルドを立ち上げたものの、その財源のほとんどが我ら五大商会だ。実効性は無いに等しい」


マルクス・レームは、椅子に深くもたれかかり、大きなため息をついた。


「ここまでの話を聞くと、完全なる商人優勢に聞こえるだろう。だが、わしが何を危惧しているのかわかるかね」


商人たちが危惧していること。

金を貸し付けた方が心配するのは一つしかない。


返済が滞り、金利すら回収できなくなる。

貸し付けた相手が、自分より弱者であれば問題は無い。

だがこの場合、債務を抱えているのは、軍や私兵を抱えた王侯貴族たちである。


「借金の踏み倒しでしょうか」


クロードは、マルクス・レームの視線をそらさずに答えた。



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