第171話 長
渉外担当部長ってなんだ。俺は嫌だぜ。そんな変な肩書。
ミーアの護衛を依頼した際に、アルバンが発した第一声がそれだった。
意味は分かるらしいが、こちらの世界では「部長」という言い方はあまりしないらしく、何とも恥ずかしいようなそんな印象だったらしい。
ところが、商会の仕事のために連れてきた元家畜人間の人族たちに、部長、部長と呼ばれているうちに妙に耳になじんでしまったらしく、いまでは部長と呼べと酔えば口にするようになったらしい。
渉外担当部長アルバンは、エルマーに預けた五十人の人族のうち、見どころがありそうだと思った七人を自分の部下にして、あれこれ仕込んでくれたらしく、彼らに指示を出しながら、商会を取り巻く様々な揉め事を秘密裏に処理してくれている。
商会への嫌がらせとして倉庫に火をつけられそうになったこともあったらしいが、斥候として鍛えた技能と嗅覚で未然に防いでくれたばかりか、得意の拷問で犯人を割り出し、背後にいた商会に落とし前をつけさせたという報告もあがってきている。
副会長を任せているミーアの外出の際は常に同行し、商談の際の相手の威圧行為に対応してくれるだけでなく、買い付けた積み荷の完璧な護衛もこなす。
女性の商人が少ないこの世界では、なにかと男の商人に軽く見られたり、恫喝によって約束を反故にされたりということはよくあることのようだが、その辺の状況は冒険者家業でもある話らしく、その辺の機微にも明るいアルバンは、ミーアがその商才をいかんなく発揮できるように、彼女の傍らで支えてくれている。
こうした事情もあり、荒事の処理に長けたアルバンはクロード・ミーア共同商会にとって欠かすことの出来ない存在になっていた。
クロードはそのアルバンとミーアを連れて、ブロフォストにいる商人でその名を知らぬ者がいないとされる、ある大物に会いに行くことになった。
その大物というのは、クローデン王国の五大商会のひとつに数えられるレーム商会の会長にして、ヘルマンとミーアの父であるマルクス・レーム会長その人だ。
何でも向こうから会いたいとヘルマンを通じて伝えてきたらしい。
ブロフォストの商業区のメイン通りにある建物がレーム商会の本社だが、三階建ての建物は珍しく、周囲の建物より頭一つ抜けているため間違えようがないほど目立っている。
一階の受付で、マルクス会長に呼ばれてきた旨伝えると、午前中に面会予定が入っていることが確認され、会長室に通された。
最上階の廊下はすべて赤い絨毯が敷かれており、その内装は貴族の城と見紛うばかりに豪奢だった。
長い廊下の奥に一際立派な扉があり、中に入るとその室内の豪華さにもう一度驚かされる。磨かれた石の床に、細かい見事な刺繍が入った絨毯が敷かれ、部屋のいたるところに見事な美術品と調度品が置かれている。
「会長、クロード・ミーア共同商会の会長クロード様をお連れしました」
案内をしてくれた女性は恭しくそう告げると「下がって良い」という言葉を受けて部屋を出て行った。
その部屋の主マルクス・レームは背が高い初老の男だった。
頭髪がない代わりに、立派な髭をたくわえており、背筋は伸びて、隣に立っていたヘルマンと比べるとかなりがっちりした体格だった。商人とは思えぬ高貴な服装を身に付け、全身からただ者ではないと思わせるような風格が漂っている。
「よく来てくれた。最近、ブロフォスト商業界の話題の中心人物に会えて光栄だよ」
マルクス・レームが右手を差し出してきたので、握り返すとその手はとても厚みがあり、大きかった。
クロード達は促されるままに応接セットの椅子に座り、アルバンは一礼すると部屋を出て、ドアの向こうで待機した。
「ふむ、なかなかに優秀な部下を持っているようだ。君の印象も息子から聞いた通り、随分と若い。こうして見ると息子と大して変わらない年頃だが、それでいてあの恐ろしい魔境域の王にして、莫大な資金を有する新興商会の会長だという。ヘルマンの話でなければにわかに信じられないところだ」
マルクス・レームは手を組み、値踏みするような目でクロードの眼を見据えた。
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