第175話 民族移住案

マルクスの提案を一応は協力する姿勢を見せることにした。

ラジャナタンと呼ばれる人々が、提案を受け入れ首都アステリアに移民することを決断するかどうかはわからないが、神聖ロサリア教国から逃れてきたのであれば、彼の国について、何らかの情報を得られるのではないのかと思ったからだ。

≪三界≫と呼ばれる空間でルオという少女と共にデミューゴスの干渉を受けたことがあったが、ルオはその時、「神聖ロサリア教国にある魂結晶から三界に干渉している」と言っていた。

デミューゴスは神聖ロサリア教国に潜んでいる可能性が高く、その動向についても何か情報が得られるかもしれない。オイゲン老の仇であるし、ミッドランド連合王国に危難をもたらす存在であるとともに、ルオネラに通じる重要人物でもある。情報を集めておくに越したことは無い。


しかも マルクス・レームに恩を売ることができるし、上手くいけば国力の増強にもつながるだろう。


クロードはオレリアンを一度、≪次元回廊≫を用い、建造中の首都アステリアに同行させることにした。


オレリアンはラジャナタンを構成する六氏族のうちの一つで最大の人数を誇るガロイの氏族長の息子であるらしい。

その彼の眼で実際に見てもらい、族長及び氏族長たちに報告する形の方が話が早いと思ったのだ。


クロードは魔境域に戻り、オレリアンに元家畜人間たちが現在暮らす居住区や国内の主な施設などを案内し、もし移住した場合の暮らしがどうなるかなどを説明した。


オレリアンは最初、すれ違う竜人族等の他種族に驚き、人族がこれらの者たちと同じ都市で暮らしていることに驚きと不安を口にしていたが、三日の滞在でようやく現実の景色として受け入れたのか、移住は一族の未来を切り拓くという決断に達したようだった。実際に暮らしている人族を目の当たりにしたのが大きかったのだろう。オレリアンは何か吹っ切れた様子で、クロードを介して、他種族に話しかけたりして、色々質問したりしていた。


クロードは、移住が決定したとしても言語の問題や様々な乗り越えなければならない課題があるであろうことを説明することも忘れなかった。

ひとつの民族が全く異なる風土、それも魔境域と恐れられる土地に移住してくるとなると、これは一大事業である。夢や希望という何の保証にもならないものだけを根拠に決めてほしくはなかったからである。




その後、クロードは、オレリアンの案内の元、オルフィリアとヘルマンにも同行してもらい、ラジャナタンたちが住み着いているという山の集落を訪れることにした。


オルフィリアは最近、オイゲン老が残した書物類を読み漁り、かつて自分の父も訪れていた魔境域について学ぶことに専心していたが、ラジャナタンの集落への同行を頼むと目を輝かせ、大喜びした。

彼女は他種族の文化や習俗にとても興味があるようで、ラジャナタンもその対象であるらしかった。


父親の消息についても何かわかるかもしれないとクロードが言うと、オルフィリアは「そうね」と小さく相槌を打った。


このところ、オルフィリアは父親の消息についてあまり語らなくなった。

俺が、元の世界に帰る方法について語らなくなったことと同じような理由かもしれない。



クロード達は、≪次元回廊≫で複数地点を経由して、クローデン王国領の東の端、神聖ロサリア教国との国境が目と鼻の先に位置する山、ラジャナタンの集落を訪れた。


山の麓からは、木々の合間に多数の小屋のようなものが木々の合間から散見され、炊事の煙のようなものもところどころ立ち上っている。


「驚いたわ。私たち森に暮らすエルフみたい。人族は平地や見晴らしのいい場所に集落を築くものだと思っていたけど、山の斜面に住居を連ねて暮らしているのね」


オルフィリアの口からこぼれた率直な感想にオレリアンが反応した。


「いえ、私たちラジャナタンはもともと草原の民と呼ばれていました。馬や家畜と共に移動して暮らす遊牧民であったそうです。各地で迫害を受け、移住を続けるうちに、外敵から身を護る上で比較的安全な山に住居を構えるようになりました。この山もまだ移住してから五年と経っていません。そうした長きにわたる過酷な放浪生活に嫌気がさし、ラジャナタンを離れたものも多い。かつては万を超す人口が今ではわずか三千を数えるばかり。このままでは、いずれ我らの民族は地上から消えてなくなってしまうことになるでしょう」


オレリアンの赤みがかった瞳にはかつて住んでいたという土地への郷愁と一族の未来に対する憂いが浮かんでいるようだった。



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