第169話 臙脂色
身体に張り付き、蠢く、その黒いものには覚えがあった。
この異世界に来た直後、飢餓感に突き動かされ、体内から湧き上がってきた無数の声を発するあの呪詛めいた何かに似ていた。
(熱い。焼ける。全ての私が燃えてしまった)
(大事な私の命が、大事な≪出芽≫たちが)
(喰われる。化け物に)
(死にたくない。生きながら丸のみなんて)
(せっかく増やした分裂体が)
(神よ。ルオネラ様よ。お慈悲を)
(寄こせ。誰でもいい。身体を)
ただ、あの時と違うのは身体の内からではなく、まるで体内に侵入しようとしているかの如く、外に纏わりつき離れない状態であることだ。
このまま放っておいてもいずれ消え去るのだろうが、クロードは全身に炎を発生させ、黒い靄の様なものをすべて霧散させた。
単純に発せられる言葉が耳障りだったからだ。
この囁きのいくつかに魔将マヌードの残渣を感じたが、おそらく間違いはないだろう。
火神オグンはどうやら自分の一部になってしまったようで、断片的にではあるが彼が最後に有していた記憶を引き継いでしまった。
オグンがまだ神として十分な力を保てていた時に所持していた力の中で、今のクロードが使用可能なのは、≪発火≫、≪火炎操作≫、≪物質創造≫の三つだけだった。
どうやら人としての肉体が邪魔をしているようで、火神オグンが持っていた能力の大半が封じられてしまっている。
それでも、あの聞きなれない機械的な声の主が行った肉体の再構築は不十分だったこともあり、それをクロードの持つ≪自己再生≫によって補ったためであろうか、人の肉と体内の高密度エネルギーが混じり合い、変質して、完全な人とも言えぬ何かに変質してしまったようだった。
その結果、体内の高密度エネルギーを行使するための小さな小窓のような性質を持つ部分ができてしまい、一部ではあるがオグンが持っていた力の性質をこの世界で行使できるようになってしまった。
これらの能力を使うにあたって消費するのは魔力ではなく、肉体焼失後に自らの存在として感じられた高密度なエネルギーである。オグン達神々はこのエネルギーを≪神力≫と呼び、この力の多寡が神々の格付けの指標となっているらしい。
神々が≪世界≫を創造するのは、自らの信徒によってこの≪神力≫を高めるためであった。より良い世界を作り、自らの信徒を増やせば≪神力≫は高まり、さらに高位の次元神になることができる。
生み出された時からけっして≪神力≫が多いとは言えなかった火神オグンは、そのほとんどの≪神力≫を使っても≪世界≫をひとつ作り出すのがやっとで、そのようやく作り出した≪世界≫の運営に失敗し、その結果亜神となり、ルオ・ノタルに流れてきたのだった。
クロードが火神オグンから得た≪神力≫は微々たるもので、なぜか肉体焼失後のクロードに備わっていた≪神力≫の数十分の一ほどであった。
≪神力≫は≪魔力≫と似た性質があるようで、オグンの≪神力≫はクロードの持つ≪神力≫の量との引き合いに敗れ、その存在を取り込まれてしまったようだ。
クロードは≪神力≫を人間としての肉体の内に蓄えているものの、この肉体が邪魔をして神としては存在することができないようだった。
オグンの知識によると≪神力≫は、≪魔力≫のように自然回復することは無く、自分を心の底から信じ敬う信徒の祈りによってのみ、その量を増やすことができる。
自らの≪世界≫を持たない上に、神として≪世界≫に住む人々の信仰を集めることができないクロードにとってこの力は有限だった。
とりあえずいつまでも全裸でいるわけにはいかないので、≪物質創造≫を使い服を作ることにした。
有限な≪神力≫をそんなことに使うんじゃないと一瞬自分にツッコミを入れたくなったが、服一着作ったところでそれほどの≪神力≫を失うわけではない。
全体のおよそ千分の一ほどだ。
火の力を使ったり、激しい戦闘のたびに全裸では困るので、火に対する無効属性と物質としての強度を高めた服にする。ちょっと自分には派手な気がするが、黒みを帯びた深い紅色、たしか
何故この色にしたのかと問われば、答えに窮してしまうが、記憶の中で火神オグンがまだ雄々しい男神だった時の髪色に似て今の自分には好ましい色に思えたのだ。
これは火神オグンとの同化が自分の人格に何らかの影響を与えたのかもしれないが、今となっては確かめようがない。
恩寵による記憶の消去に、亜神との同化。
最早この世界に来る前の自分とは同じ自分であると言い切れなくなってきてしまっている。
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