第168話 肉獄封縛

クロードの存在はどこまでも膨張を続け、気が付くと先ほどまでいたマヌードの住処の大穴があった山の頂を見下ろすほどにまでなっていた。


リタ、レーウィス、ドゥーラ、竜人族の戦士たちの姿もあった。

突然姿を消したからであろう。周囲を捜索してくれているようだ。


これは一体、どういう状態なのだろう。

物質的な肉体を持たないので、全て透過して、山の断面を見ながらこの大きさになるのをただ茫然とみていたが、存在の膨張は一向に収まる気配がない。


天を仰ぐと大気の先に無数の星々が見える。

向こうに行ってみようと思い描くとどんどん宙に浮き、あっという間に大気外に出てしまった。


宇宙空間は真空状態であるらしいし、その中にあって平気でいられるということは、自分はもうすでに死に、魂のような存在になったのだろうとクロードは結論付けた。


テレビの映像でしか見たことがない宇宙空間の壮大さと神秘性に思わず心奪われてしまった。

無重力空間を漂う岩の塊や無数に漂うガス状の何かや塵、微細な分子、それらを照らす光が幻想的な光景を作り出している。

不思議だ。肉眼を通していないのに、どこに何があり、どのような姿かたちをしているのか手に取るようにわかる。



どうせもう死んでいるに違いないし、せっかくだからいけるところまで行ってみようと思い、ルオ・ノタルがあった丸く青い惑星を離れ、そのさらに遠くに行こうと試みた。

目標は遠く見えるあの気高く光り輝くあの星にしよう。

多くの星々から一際目立つ存在感を放つ名も知らぬ星をとりあえずの目標地に定め、飛び立った。

途中幾つかの惑星を横切り、凄まじい速度でひたすら進む。


目標の星ははるか彼方のあるようで、この速度で近づいてもなかなか到達することは出来ないようだ。



何も遮るものがなかった空間に突如、光で編みこまれたネット状のものが現れ、行く手を遮った。


膨張していた自分の一部がその光の網のようなものに触れた瞬間、まるで電流を流されたかのような激痛と衝撃が走った。


『異常検知。第八層03ガイア管轄特別監察対象者01の肉体の消失とアストラル体の変異を確認。事例48の対処適用により肉獄封縛により、最下層次元141からの遡行侵入を阻止します』


脳内に恩寵の時とは違う感情のこもらない女性の声が響いた。

話している言語はオグンの記憶にあった言語と同じだ。


何か全身にまとわりつくような感覚を覚え、振り返るとルオ・ノタルの方向から何か線形のエネルギーが複数本伸びてきて、膨張し肥大化した≪自分≫に突き刺さっていた。


まるで銛を突き刺されたクジラの様に先ほどまでいた惑星に引き寄せられる。

ルオ・ノタルに近づくにつれ、線形エネルギーの数は倍増し、俺の認識しうる全体を包み込み始めた。


痛みは無いが、先ほどまで感じていた自由さ、解放感が喪失し、自分だと認識していた全体が強い力で圧縮されている。

膨張していた時よりも高密度なエネルギーが、肉体を持っていた時と同じような人型の形状を取り始めたのを感じた。


気を失ってしまいそうな速度で無理矢理移動させられ、そして大地に放り出される。

随分と乱暴な着地だ。


『ルオ・ノタルに帰還完了。対象範囲から、エーテルの残渣と構成元素を集成し、肉獄の復元を開始します』


五感が奪われ、意識を失ったのも束の間、今度は突然全身に耐えがたい苦痛と重力を感じ、クロードは声にならない絶叫を上げた。


突如、線形エネルギーの拘束を解かれ、気が付くとそこは暗い地底の底だった。

すぐ近くにエンテの存在を感じる。


どうやら俺は火神オグンと遭遇した場所に戻ってきたらしい。

神域は無くなり、その表側の地下空間であることがなぜかはっきりとわかった。


肉体はまだ再生の途中らしくむき出しの筋肉や臓器、神経が外気にさらされ悲鳴を上げている。

地面に這いつくばり、拳を叩きつけて、気絶したくなる再生の痛みに抗う。


今の自分の姿を客観的に見たらちょっとしたホラーだ。

むき出しの筋肉や組織の上を皮膚や髪の毛が少しずつその面積を増やしていく様は自分でも苦笑いしたくなるほど、滑稽で気持ちが悪い。


そして何と言うか、肉体というのはこれほどまでに重く窮屈なものだったのか。

呼吸、そして感覚器官を通して得られる情報は不確実で曖昧だ。

肉体を失ってからの万能感と自由さを体感してしまった今となっては、ただひたすらストレスを感じる。



『肉獄封縛進捗率120%到達。封縛率95%限界値時点でのデータを更新し、保存します。対象は神格値上昇とアストラル体変異の結果、完全管理状態から一部ロストしました』


しばらく経つと全身を苛む激痛が、じわじわとした疼痛に変わり、やがて消えた。

どうやら肉体の再構築が終わったらしい。


『ぬ、主様……、これは一体……』


エンテが戸惑ったような声を出した。


クロードは自身の肉体の感覚を確かめるようにゆっくりと立ちあがった。

手を握ったり閉じたりしておかしなところがないか確認してみた。

全身にみなぎる力、魔力塊、五感。

異常はない。肉体喪失前よりも調子が良いくらいだった。


だが、肉体の周囲には何か無数の仄暗い靄のようなものが張り付き、蠢いていた。












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