第166話 炎顕現異邦神

エンテが指さす方向を見ても、何もなかった。

天井の方から流れ出たマグマのような物が溜まっているだけで、その表面が時折、ガスの気泡を吐き出す以外は特に変わった様子は無い。


ぬし様には、あの異様なる者が見えておられないのですか。しからば今一度、失礼して、わらわの視覚を主様と繋がせていただきます。御免』


エンテは一度空中で一回転するとクロードの身体に、飛び込むようにして消えていった。


右目の視界が一瞬暗転し、今まで見ていた景色とは異なるものが映し出される。


左目を閉じてみると、洞窟内であるかのような景色は消え、物体の形のない、抽象的な熱を孕んだエネルギーとしか言いようのないものが収縮を繰り返し、周囲を取り囲んでいる不思議な空間が現れたように見えた。今見えている景色が本当の姿だとすると現実世界の洞窟内というよりは、かつてルオという謎の少女に招かれた≪三界≫に近い場所なのではないのだろうか。一見まったく異なる外観だが、侵しがたい神域のような雰囲気と非現実的な風景の変化とでもいうような現象はあそこにいた時の感じに似ている。

さらに加えて言えば、肌で感じる熱や洞窟内の匂い、マグマの流れ落ちる音など、五感というか肉体に伝わってくる感覚がどこか疑似的に思えるのだ。


先ほどエンテが指さしていた辺りには熱エネルギーの大きな塊があり、その傍らには全身が岩と炎でできた子供ぐらいの大きさの人型が、本来口があるはずの部分からホース状の管を伸ばして、そのエネルギーの塊に吸い付いている。

頭部には巨大な眼が一つあり、エネルギーを吸いながら、クロードの方を用心深げに見ている。


ヨウィーヨウィーヨウィーホウ。ホウ、ヨウィーヤ、ホロフォロウィー。


巨大な目玉の上に突然口のようなものが現れ、歌のような言葉のような何かを発した。


「エンテ、何て言っているのかわかるか。あいつは一体何なんだ」


クロードは体内に入り込んだエンテに問いかける。


『何を言っているかはわらわにもわかりませぬが、あれが何かと問われれば、表現する言葉は≪神≫一つしかありませぬ。わらわたちの存在する世界より高位から訪れた異邦神。なにやら酷く弱り果てているようですが、それでもわらわのような精霊体には、その存在そのものが堪えまする』


エンテの動揺が、直接自分の心に伝わってくる。

どうやら本気で畏れ、怯えているようだ。


一つ目の炎の塊のようなその存在が、エネルギーに吸い付いていた管を頭部に戻し、ゆっくりと近づいて来た。

なぜか右腕だと思っていた部分を前に出し、三本足であるかのようにして歩み寄ってくる。


ヨウィーヨウィーヨウィーホウ。ホウ、ヨウィーヤ、ホロフォロウィー。

ヨーウィー、ヨウヨウヨホーウィ。


駄目だ。何を言っているかわからない。


「待て、そこで止まるんだ。こっちに敵意は無い。ここから出してくれ。もう一度言う敵意は無い」


クロードは念のため魔鉄鋼の長剣を抜き、身構えながら、呼び掛けた。


一つ目の炎の塊が、突然立ち止まった。

次の瞬間、頭部に横たわる大きな目がぐるぐる回って、人型に近かった体の形が、植物の葉のような一枚のっぺりしたような形になり、その身に纏う炎の火勢を強め始めた。


ニョホホホホホホゥ、レイーヨゥ。


体の中央から凄まじい速度で管を伸ばし、クロードの胸の中央辺りに突き刺してきた。


油断していたわけではない。

単純な速度がクロードの反応速度を上回っていたのだ。

今まで対峙してきた何者よりも速く、予測不能な軌道だった。


後手に回ってしまったクロードができた行動は一つだけ。

体内に侵入していたエンテを、体外に追い出すことだけだった。


「主様!」


勢いよく放出されたエンテが悲痛な叫び声を上げた。


それと同時にクロードの全身は炎に包まれた。

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