第165話 感傷的問題
何か、こう、思っていたのと違う。
ドゥーラが言いたいことは、とても良く分かった。
ヅォンガの無念だった気持ちを晴らしたい。
クロードもこのマヌードの住処と化していた大穴に突入するまでは、その一心だった。
ドゥーラに至っては、ヅォンガの形見の槍を持って、悲壮な覚悟での参戦である。
もっと存分に自慢の武勇を発揮したかったことだろう。
ところが、逆上した紅炎竜レーウィスの連続ブレスで決着である。
あの洞窟の奥に鎮座していた最も大きいサイズのマヌード分裂体も最後まで謎のままで終わってしまった。あの巨大な体に生えていた老人の顔は何だったのか、マヌードはどうやって分裂体は増やすのかなど、謎が完全に迷宮入りしてしまった。
今にして思えば、マヌードとも少し言葉を交わしてみたかった気がした。
異世界から無理やり連れてこられた身の上で、なぜルオネラたちに付き従うことにしたのか。元の世界に帰りたいと思わないのか。
ひょっとしたら、何か有益な情報を持っていたかもしれなかったし、本当はヅォンガや犠牲になった者たちの分まで恨み言の一つも吐いてやりたかった。
いや、閉鎖空間であることや、マヌードの特性のことを考えるとレーウィスがとった行動は戦術上は、最適解だったかもしれない。
ただ、何か釈然としないのはきっと感傷的な問題なのだろう。
突入メンバーに被害が出なかったことやマヌード分裂体をおそらくではあるが死滅させることができたことは十分な戦果だ。
少し離れたところで、リタがレーウィスに何か説教しているが放っておこう。
俺のストレス解消のために企画してくれたマヌード掃討作戦だったが、結果的にはレーウィスのストレス解消に貢献したようだ。
レーウィスは、すっきり爽やかな表情でリタの説教を聞き流している。
『主様、ここに長居するのはお辞めになった方がよろしいかと。感じませぬか? ここには得体のしれない気配がある。
突然、左手の薬指に嵌めていた緑色の精霊石の指輪が淡い光を放ち、半透明の女性の姿に変わった。その身は裸身で、髪には植物を具象化したような形状がところどころ見受けられる。以前の様に明滅してはおらず、髪に混じって見受けられる植物部分が増えているように思われた。
「クロード、この女、誰よ。なんで、どいつもこいつも裸なの? 」
こちらの様子に気が付いたリタがぷりぷりしながら、こちらの方に近づいて来る。
『主様、のんびりしている場合ではない。早く』
森の精霊王エンテは歩み寄ってくるリタには目もくれず、この場からの退避を必死に訴えかけている。
クロードはただならぬエンテの様子に、周囲の気配を探ってみたが、何も感じない。
五感も、≪危険察知≫のスキルも何も感知していない。
『駄目じゃ。来る!』
次の瞬間、足元の大地に、空虚な穴のようなものが現れた。
クロードは咄嗟に、リタを穴の外側に突き飛ばしたが、自身は間に合わず穴の中に足をとられた。穴は≪次元回廊≫を発動させたときの出入口に似ていたが、どこか違う。
今まで確たるものとして存在していた地面が突然消えてしまったような錯覚に陥る。
穴に全身を飲み込まれると、一瞬、天地が逆転したような感覚に襲われ、眩暈を覚えた。空間内に立ち込める異様な気にあてられ、意識が混濁し、気を失いそうになる。
『主様!』
エンテの声のおかげで、我に返り、自分の肉体のおかれている状況を把握できた。
地面に衝突する寸前で、体勢を整え、何とか着地することができた。
森の精霊王エンテは、どうやら自ら穴に入り、追ってきてくれたようだ。
クロードの傍らで漂い、心配そうな目でこちらを見ている。
周囲の状況を見渡すと、マヌードが住処にしていた溶岩洞と似ているが、趣が少し違う。
空間としてはかなり広く、足元は凸凹しており、奇妙な形をした岩があちこちに転がっていた。遠くの天井からはマグマが流れ落ち池のような溜まりを作っており、熱がここまで伝わってくる。空気が薄いのか呼吸がしにくい気がする。
そしてこの場に漂う何とも形容しがたい雰囲気である。
何か人間が踏み入ってはならない神域のような、張り詰めた空気感と奇妙な静寂があった。
最大限の警戒で索敵してみるが、敵の姿はおろか、生物の存在すら感じられない。
ただマグマの流れが生み出す雄大な自然のダイナミズムと生命の存在を許さない厳かな雰囲気だけが感じられた。
『主様……、あれを』
エンテは、なにか信じられないものを見るような顔で、溶岩の溜まりの方を指さしている。指先は震え、顔には恐怖の色が浮かんでいた。
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