第164話 深紅逆鱗

≪次元回廊≫で複数地点経由して、リタが突き止めた大穴の場所にたどり着いた。

大穴は、連なる山々の中でも比較的標高が高い山の頂近くにあったので、遠く視線の先、日陰になっている部分などにはまだ少し冬の名残が残っていた。


大穴の周りには枯れた植物と今年になり生えてきたと思われる青々とした植物が入り混じり生えていて、大穴の上半分ほどを覆っていたが、クロードたちが出入りするには十分な大きさがあった。

この辺りの植物は、魔境域の植生と比べると、また一段と変わっており、熱帯雨林にでも生えていそうなつる性の植物や着生植物が散見している。

地面を触ってみるとほのかに温かく、標高が高いにもかかわらず、湿度を感じる。

同じ連峰の山々の中でもこの山は少し他とは様子が違うようだ。


クロードはレーウィスに出口が一か所しかないことを確認すると、出口付近に竜人族の戦士五人を配置し、逃げ出してくるマヌード分裂体を逃さぬように警戒させた。

自分たち以外で出口から出てくるものは、どのようなものであれ逃すなと厳命する。


先頭を最も詳しいレーウィスが行くことにし、次にリタと自分、最後尾をドゥーラが行くことになった。

ドゥーラは普段使用している長剣の他、亡きヅォンガ愛用の槍を持ってきており、「ヅォンガの無念を奴に突き立ててやりますよ」と真剣な様子で語っていた。


リタが魔力で作り出した空中を漂う≪魔力灯≫の明かりを頼りに一行は洞窟内へと足を踏み入れた。


この洞窟はいわゆる溶岩洞のようで、かつての噴火の折、溶岩が抜け出た穴がそのまま洞窟になっているようだった。というのも、洞窟内のいたるところに 固まった溶岩流のしずくや流れの痕跡があり、岩を覆う鉱物の美しい形や色、見たこともない結晶などがたくさん見受けられた。


「気を付けて、私があのいやらしい蟲を見たのはもうこのすぐ向こうよ。本当は魔力探査で敵の数を調べたいけど、敵に悟られる可能性があるから、このまま用心して進むしかないわ」


リタは声を潜め、皆に注意を促す。

リタは珍しく露出の少ない服装をしており、黑いローブのフードを目深にかぶり、魔道士のような装いだった。


≪危険察知≫には何も反応がないため、まだ気づかれていないとは思う。


一瞬、目の端、右手側の壁の上の方に動くものを捉え、魔鉄鋼の長剣で貫く。


小さかったが薄い青色をした百足のような生き物だった。


チミィー。言葉にするとそうとしか言いようのない電子音にも似た高音でその生き物は奇声を上げた。


その叫び声の様にもとれる声が洞窟内に響き渡るとにわかに≪危険察知≫に複数の反応が出る。


「もうすでにそこいら中にいるぞ」


クロードが警戒を呼び掛けると真っ先に動いたのレーウィスだった。


「我の怒り、とくと味わえ」


前方に向かって灼熱のブレスを吐き出す。


「レーウィス、炎はだめだ。洞窟内の酸素が無くなるぞ」


「酸素? 何のことだ。だがわかった。炎はだめなんだな」


レーウィスが噴き出した炎に巻かれ、数匹先ほどと同じくらいの大きさの百足が焼け死んだ。


クロードは、≪危険察知≫と≪五感強化≫、さらに≪魔力感知≫を駆使し、通路を進みながら、マヌード分裂体を仕留めていく。

ドゥーラは剣でなく、槍も得手なようで、見事な槍さばきで自らの思いを百足のような生き物にぶつける。

マヌード分裂体は高い再生能力を持っているので、念のためリタが魔道の雷撃で死体を焼く。リタは魔力塊の大きさこそオイゲンには敵わないものの、魔力操作についてはかなりの器用さで、様々な術を使えるようだ。



しばらく進むと巨大な空間に出た。

たしかに竜の姿になったレーウィスがくつろげると言った意味が分かった。

天井は高く、ドーム状になっていて、目につくほど立派な鉱石の結晶があちこちから生えている。

だが、それらの幻想的な景色を台無しにする存在が同時に多く目に入る。


大小さまざまな大きさの、様々な濃さの体色を持つ百足たちと様々な動物の無数の死骸。フケのような半透明の抜け殻。大量の糞。


死骸の中には人のものもたくさんあり、中には食べかけなのか腐敗した肉がまだ付着しているものもある。


その一番奥には今まで見たこともない巨大な青百足の姿もあった。

他の個体にはない人間の老人のような頭部を持ち、こちらを見て驚いた顔をしていた。


「何という汚らわしさ。我の住処を……。おのれ、この腐れ蟲どもが」


突然、着ていた衣類と防具が内側から引きちぎれ、体が膨張し始める。そしてやがて、深紅の鱗に全身を覆われた竜の姿となった。


よほど頭に血がのぼっていたのか、先ほど炎はだめだと言ったのに、強烈なブレスを吐き続ける。


洞窟内の熱気は凄まじく、どんどん体感温度が上がっていく。

周囲にあった有機物は、次々炎に巻かれ、まさに生き地獄と化した。

ドラゴンが恐ろしい存在であることは、前の世界の創作物でも知っていたが、間近に見ると想像を絶していた。

遠くに鎮座していた巨大なマヌード分裂体も恐怖の表情を浮かべ、その身を炎に焼かれ、悶え苦しんでいる。のたうち回り、周囲の岩を破壊しながら、紅炎竜レーウィスに向かっていくが、さらに火勢をました強烈なブレスをもろに浴びる。


「まずい。ドゥーラ、巻き込まれるぞ。急げ、退避だ」


クロードはリタの体を担ぎ上げると、全力で出口に急いだ。

≪頑健≫と≪自己再生≫を持っている自分が危機感を感じる状況だ。

リタの身に何かあってからでは遅い。


物凄い勢いと形相で出口から出ると、竜人族の戦士たちも何事かと武器を構えたが、クロード達だとわかると表情を緩め、息を吐いた。



数刻後、なにやら非常にすっきりとした表情で煤まみれの全裸になった人型の紅炎竜レーウィスが戻ってきた。


「クロード殿、これで一件落着だな」


クロードの肩にポンと手を乗せ、レーウィスは誇らしげな笑みを浮かべた。


背後から、地面に掌を当て、先ほどから何かをやっていたリタのつぶやきが聞こえた。


「洞窟内の生体魔力反応ゼロ。皆殺しね」





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