第158話 共同商会
「妹です。こき使ってやってください」
そういって紹介されたのは、人好きのする顔立ちの若い女性だった。
年の頃は二十歳前といったところで、ヘルマンによく似た亜麻色の髪色に、薄い茶色がかった瞳をしていた。質素で控えめな印象ではあるが清潔感のある服装をしており、胸がとにかく大きい。あまり目を向けないようにしているが、つい目線がそこに向かいがちだ。自分で頬を殴り、極力彼女の目を見て話すように努めた。オルフィリアの視線もどこか突き刺さって、痛い。
「ミーアです。クロード会長、どうぞよろしくお願いいたします」
ミーアは深々と丁寧にお辞儀をするとにこやかな笑みを浮かべながらクロードの手を取った。彼女の手は荒れていて、少しガサガサした。
ミーアはヘルマンの父、すなわちレーム商会の会長が、従業員の女性との間にもうけたいわゆる婚外子であり、レームの姓は名乗っていない。
ヘルマンから見れば異母兄妹に当たるわけだが、父親の浮気が発覚したときにミーアの存在を知ってからは実の妹として面倒見ているのだという。
「いやあ、血筋なんですかね。ミーアは商才があって、この歳で支店を一つ任されているくらいなんですよ。経理に明るく、目利きです。商売に夢中で、男っ気が無いのだけが欠点ですが、兄の贔屓目ではないことは、使ってみてくれればわかりますよ」
実際、話してみるとミーアは、商いの知識豊富で、物の相場、仕入先、商人間のルールやつながりなどに詳しく、そういった知識も何も持たないで紹介を立ち上げようとしている自分が恥ずかしくなったほどだ。
商業ギルドへの登録も彼女が一手に引き受けてくれて、商会設立は何の問題もなく進行していった。商会名は、クロードがありふれた名前であるせいか、すでにクロード何某商会という商会名も複数存在するため、他との区別をするためクロード・ミーア共同商会という名前にした。
これには、ミーアがひどく恐縮してしまい、出資金を出していないのにそのような名前を付けてもらうわけにはいかないと言われてしまったが、彼女の力が必要であることを理由に何とか了承してもらった。
事実、この世界の貨幣の価値もおおまかにしか理解してない状態なので、様々な取引や手続きは、ミーアを頼らざるを得ない。
クロード・ミーア共同商会はブロフォストにある商業地区のはずれにある倒産した商会が入っていた既存の建物をヘルマン経由で購入し、事務所にした。
メイン通りから遠く少し寂しい一画だが、その分敷地が広く大きな倉庫が三つもついていて、お得だった。
従業員は、かつて家畜人間と呼ばれていた≪魔境域≫の人族から五十人ほど選抜し、ミーアに託した。無論、彼らは文化的な人間の営みとはかけ離れた生活をしていたので、荷役などの単純な仕事しかすることは出来ないだろうが、社会復帰をする上でも、必要なことを学べると思ったのだ。
働くうちに、魔境域外に戻りたいと希望する者が出てくれば、それも良いだろう。
商会立ち上げに際して、あと二人、声をかけた人物がいた。
エルマーとアルバンである。
クロードはイシュリーン城でミッドランド連合王国の国政を行わなければならないので、商会にずっと張り付いているわけにはいかない。
商取引はミーアに託すので問題ないが、商人の世界はそれなりに荒事が絡むそうだし、新参者の商会が大商いをして利益を上げているとなれば、妬み嫉みも買うだろう。
何より、五十人近い、少し社会性の乏しい従業員を切り盛りするとなれば、ミーアだけでは大変だろう。
エルマーは近頃、魔境域の恐怖体験から冒険者家業が嫌になっていたようで二つ返事で了承してくれた。荷の警護と元家畜人間だった人族の教育担当をお願いした。
アルバンはノトンの町の酒場で相変わらず飲んだくれていたが、クロードの顔を見るや否や、駆け寄ってきて、まずは酒の杯を交し、再会を喜んだ。
クロードの話を聞いたアルバンは最初、「酔っぱらいをかついでるのか」と少し腹を立てたが、≪次元回廊≫で実際にブロフォストに連れてきてみると、「少し今日は飲みすぎたかな」と大人しくなった。
ようやく話を聞く気になったアルバンに、商会設立に至る経緯と今の自分の置かれている身の上について説明すると、報酬さえはずむなら手を貸すと快諾してくれた。
アルバンには渉外担当部長という肩書で商会の安全と副会長であるミーアの護衛を依頼した。
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