第159話 職人魂

クロード・ミーア共同商会の最初の役割は、ミッドランド連合王国にとって必要な物資をヘルマン商会、あるいはその友好関係がある商会などを通して、買い集めることである。

クロードたちが持ち込んだ遺跡群から発掘された硬貨は、あまりにも精巧で現在クローデン王国内で流通されている貨幣と比べてもあまりに目立つので、発掘金貨三枚に対して、クローデン金貨五枚というような破格のレートで一旦ヘルマンに両替してもらい、それを元手に物資の購入を進めた。


ヘルマンは珍しいものに目がない国内外の王侯貴族達に美術品として売るつもりらしく、こちらとしても他に両替できる場所の当てもないので、言う通りに従った。

最初の両替は、魔銀硬貨十枚、発掘金貨百枚、発掘銀貨百枚、発掘銅貨百枚、発掘鉄貨百枚。これをクローデン金貨二百枚と交換した。枚数の比率からすると、どうやらセット販売したいようだが、ヘルマンが発掘硬貨を何倍の値段で売るのかは聞かないでおこう。魔銀硬貨十枚はばら売りするか、特別限定セットの目玉にでもする気なのではないだろうか。


この世界では金貨一枚で馬一頭買えるぐらいだと以前、オルフィリアに聞いていたが、実際に他の物の物価も考慮すると、金貨二百枚だとおおよそ前の世界の二億円ぐらいだろうか。


当初予定していた取引量から考えると百分の一以下であるが、レーム商会内でヘルマンが融通できる金額の限界もあるだろうし、軌道に乗るまでは、まずこのぐらいの規模で様子見するのが妥当だろう。


クロードはミーアに買い付けの一切を任せ、三日毎に、買い集めた物資を≪次元回廊≫を用い、ミッドランド連合王国に輸送することにした。



クロードは、イシュリーン城に戻ると、上がってきていた決裁書に目を通し、一息つくと、バルトラ鉱山で暮らしていたドワーフ族の長バイゼルと闇ドワーフ族の族長の長子クロームを呼んだ。


こうして二人を並べてみると外見の特徴的には肌の色の違い以外はほとんどないといって良い。闇ドワーフ族のクロームは、ユーリアたち闇エルフ族同様に褐色の肌をしており、ルオネラを巡る三百年前の大戦の折、中立を守っていたドワーフ族の末裔であるバイゼルの肌は黄色味がかった肌色をしていた。


敵味方に分かれていたわけでないにせよ、異なる選択を選んだ両部族は仲が悪いのではないかとクロードは内心、心配していたが、両ドワーフ族に限って言えばその心配はなかったようである。


聞けば本来、ドワーフ族は鉱石を産する山ごとに集落を形成するようで、あまり他種族と関わり合いを持ちたがらないところがあり、同族ではあっても、他の鉱山を生活の拠点にしている者たちとはあまり連絡を取り合うこともしてこなかったそうだ。


だが、バイゼルたちが難民としてイシュリーン城に逃れてきた際に、クロームは闇ドワーフ族の工人街区に招き、彼らの生活の世話を面倒見ていたようである。ザームエルの多種族支配は、皮肉なことに、クロームたち岩山に住む闇ドワーフ族に他の種族と寄り添い生きるという考え方を浸透させたようで、その結果、逃れてきた別のドワーフ族に手を差し伸べる行動につながったようだ。こうした交流のおかげもあり、両者はすっかり打ち解けており、毎夜酒を交わすほどの仲なのだという。


バルトラ鉱山の麓にあったバイゼルたちの集落は、大蛇と化したザーンドラによって破壊しつくされ、復興のめどが立っていない。当面はクロードが推し進める、イシュリーン城周辺の首都建造計画に協力してもらうことになっており、その間、工人街区に仮住まいをしてもらっていた。


クロードが二人を呼んだのは、これまで作製を依頼していた武器防具ではなく、あるものの試作品を頼みたかったのだった。

クロードは二人の元に歩み寄ると自らが手書きで書いたイメージ図を数枚見せ、説明した。


クロードが書いたのは、鍬や鋤などの鉄を用いた農具や動物にひかせて使うプラウのような物の絵だった。設計図と言えるほどの代物ではない。こんな感じのものが欲しいとフリーハンドで書いた下手な絵である。


ヘルマンから農具を買おうとしたのだが、この世界の農具は全て木製で、掘棒や踏み鋤などの原始的なものしかなかったのだ。これらの道具では浅くしか地面を掘ることができず、効率が悪いため、この世界で農業があまり盛んでないことの理由になっているようだった。


これまでは、出来るだけ早く元の世界に帰るつもりでいたので、あまり元の世界の知識を使ってどうこうということは考えていなかった。

だが、どうやらこの世界の神に直談判しても、黄金律とかいう神々を縛る規律などにより困難であることがわかるなど、元の世界への帰還の可能性は見えなくなってきた現状では、やれることをやるしかない。


ミッドランド連合王国を富ませ、その力を借りて、この世界の謎を解き明かし、帰還につながる手がかりを得る。これが今できることの全てだ。

当てもなくひとり世界を放浪するより、得られる情報も多いだろう。


どのみち大魔司教らルオネラを信奉する者たちにも備えなければならないし、何より死んでいったオイゲンやヅォンガの志を実現させる責任が、この地に住まう人々に建国の考えを焚きつけてしまった自分にはある気がした。



クロードが書いたそれらの図面もどきをバイゼルとクロームは興味深げに眺め、細かい仕様や形状について質問してきた。やがて、その製作方法について、ああでもないこうでもないと議論が白熱し始めた。彼らの顔は真剣そのもので、見たことがないこれらの農具のアイデアは、どうやら二人の職人魂に火をつけたようだった。




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