第154話 正式離脱

宰相オイゲンの死はミッドランド連合王国を悲しみの底に沈めてしまった。

種族の垣根を超え、国中のありとあらゆる場所で彼の死を惜しむ声が聞かれた。

オイゲンは宰相という立場で、建国にまつわる全ての分野でその才をいかんなく発揮しただけでなく、各種族の考え方の差を埋める潤滑油のような役割も果たしていた。

私欲なく、公平なその差配は、連合王国を構成する全ての種族から認められおり、彼の指示に異論を唱える者は少なかった。

宰相オイゲンを失ったことはまだ建国して間がないこの国ににとって、計り知れない損失であり、その運営に深刻な諸問題を引き起こすであろうことは想像に難くなかった。


そして、この魔将たちの襲撃により命を落とした者たちの中には、国の要となっていた人物がもう一人いた。


オーク族の族長ヅォンガである。

オーク族始まって以来の天才であり、オーク語の他に闇エルフ族や人族など他種族の言語を自在に使いこなし、その類まれなリーダーシップと社交性で、王国内での種族の地位を高めるべく奔走していた。

事実、建国に当たっては、土木、防備、運搬など様々な分野で彼の率いるオーク族の労働力は欠かせぬものであったし、その貢献は誰もが知るところだった。


ミッドランド連合王国は言わば、頭脳と手足を同時に失ったようなもので、戦禍の癒えぬこの状況で、その前途は暗雲に覆われてしまったかのようだった。



王であるクロードには、そんな二人の死を悲しみ、悼む時間すら与えられなかった。

戦死者の弔いを含む戦後処理に難民問題と、解決を待ってはくれない問題が山積していた。他にもオイゲン老が推し進めていた膨大な数の施策が中途のままになっており、それらの引継ぎも早急に行わなければならなかった。


どれから手を付けていいかわからない状況で、これらの一切を取り仕切っていたオイゲンの偉大さを改めて思い知ることになったわけだが、頭を悩ませる問題がもう一つ発生した。


オーク族の連合王国からの離反である。


魔将襲撃の日から二日後、オーク族の前族長であった者が謁見を申し入れてきた。

この者はヅォンガの父であるらしく、彼らの今後の身の振り方についての提案の裁可を願い出てきたのだった。

高齢のためか、普通のオーク族の男と比べても、かなり小柄で、巨躯を誇るヅォンガとはほとんど似ていなかった。実父であるということだが顔中が体毛に覆われているわけではなく、やはりヅォンガは、オーク族の中でも特別な個体だったのではないかと思わせられる。


「はじめまして。儂の名前はドンディギ。申します。王様。恐れ、多いこと。謁見。ありがとう。幸せ。思います」


ヅォンガの父ドンディギは必要以上に平伏し、拙い「森の民の言葉」とオーク語を交え、挨拶した。オーク語には敬語がなく、その言語は単純で、単語自体が少ない。

オーク語にない言葉を、使い慣れない「森の民の言葉」で補い会話をしようとしていた。


「われらは、人族やその他の種族、のような暮らしを望まない。山河に、自然に帰りたい。オークは本来、かんがえることが苦手。わが子ヅォンガを亡くしては、他の種族のようには生きられない。放っておいて、欲しい。静かに。願い。聞き届け。いただきたい」


ドンディギの提案は、息子であるヅォンガの遺骸と共に、イシュリーン城周辺に暮らすオーク族の全ての民を城からはるか遠い北東の領地に引き上げたいというものだった。


種族の頭脳ともいうべきヅォンガを失ったことで、持ち前の指導力を発揮することができず、オーク族全体の統制が取れなくなったことで、建国の役には立てなくなったというのが前族長ドンディギの語る建前上の理由だった。

だが、実際のところ、人族のような都市や国を形成して生きるということが、ヅォンガ以外のオーク族にとっては理解しがたいものであったようで、自然の中で自給自足を行い、大地と一体化して生きることが彼ら本来の生き方であるらしい。


オーク族は種族特有のオーク語しか話せない者が多く、他種族もまたオーク語を話せる者などほとんどいなかった。族長のヅォンガが、オーク族と他の種族の懸け橋的存在になっていたので、彼の死によって「森の民の言葉」を解さないオーク族は連合国内で孤立してしまうことになる。


ドンディギの提案は彼らの現状と種族的特性を考えるとやむを得ないものだった。

共通の言語による意思の疎通ができないことは、他種族との軋轢を生みやすくなるし、迫害や差別につながる恐れがないとは言えなかった。

事実、謁見に立ち会った者たちの中でも、オーク語がわかるのは≪多種族言語理解≫のスキルを持つクロードのみで、あとは鬼籍に入ってしまったオイゲン老だけであったのだ。


復興と首都建造計画において、オーク族の力を借りることができないのは痛手ではあったが、無理強いするのであればザームエルが彼らにしたことと何ら変わらないことになってしまうし、亡きヅォンガのこれまでの貢献を考えるとなんとかオーク族の望むようにしてあげたい気持ちになった。


クロードは、オーク族の連合王国からの離脱を認め、代わりにミッドランド連合王国とオーク族、特にドンディギの大集落の間の相互不可侵と友好関係の維持を協定書の形で残すことにした。


これによりオーク族は多種族連合から正式に離脱したことになり、オーク族はイシュリーン城周辺の居住区からその姿を消すこととなった。








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