第155話 諸問題解決

この異世界に来てからの自分はいつもどこか他人事のようだった。

元の世界に戻れば、この世界でできた知り合いとはそれまでになってしまうし、必要以上に絆を深めても、別れの際に辛くなるので、ある程度の距離感を保ったままの付き合い方をしてきたはずだった。


だが、この胸の中にぽっかりと穴が開いてしまったかのような空虚な気持ちは何だろう。死んだオイゲンやヅォンガのことを考えると、涙が自然にあふれてくる。

幸運なことだと思うが、元の世界ではあまり親しい人の死に向き合うという機会がなかったので、こうした喪失感には覚えがない。


出会ってまだ一年もたっていない二人の死がこれほど自分の心に影響を与えるとは、信じられないことであったが、自分にとってこの異世界が、元の世界と同じくらい大事でかけがえのないものになりつつあることの証拠かもしれなかった。

とにかく何か忙しくしていないと二人のことばかり考えてしまう。


クロードは、暇さえあれば心を占めようとする空虚感と寂しさを埋めようと政務に没頭した。



まず、一番近くでオイゲン老の仕事を見ていたであろう闇エルフ族の内政官たちを自身の直属の政務担当官に任命し、彼らを通して各部署に指示を出すことにした。

宰相に相応しい人材を見出すまでは、彼らの知恵を借りながら自ら国政を動かしてみようと思ったのだ。

一生懸命やってみて駄目だったら、八族長の誰かが「王の交代」を発議するだろうし、その上で再び投票を行い、よりふさわしい者が王をやればいい。



クロードはまず難民の食糧問題とオーク族が離脱してしまったことで急ブレーキがかかってしまった首都建造計画についての諸問題を解決することにした。


クロードはオルフィリアと人化の法により人の姿になった紅炎竜レーウィスを伴い、≪次元回廊≫を使って、クローデン王国の王都ブロフォストに向かった。

本当はオルフィリアと二人で行くつもりだったのだが、レーウィスが人間の町を見てみたいと騒ぐので、やむなく同行させることにしたのだった。


ブロフォストを訪れた最大の目的は、レーム商会の跡取り息子ヘルマンに会うことだった。


レーム商会はクローデン王国でも指折りの大きな商会で、食料品、衣類、家具などの生活必需品、武具など多種多様な品物を取り扱っており、その取引量も多い。

クロードは、マテラ渓谷の遺跡群の発掘により得られた膨大な貨幣と金属類などを使い、レーム商会との商いの道筋をつけようと考えていた。


ヘルマンは普段行商に出ていることも多く、不在の可能性もあったが、この日は運よくブロフォストにおり、商会の事務員に聞いてみると、午後には戻ってくるようで、会う約束を取り付けることができた。


ヘルマンと会う時刻を待つ間、子供のようにはしゃぐレーウィスに、商人たちが軒を連ね、活気ある商業区のメイン通りを見せて歩いた。途中、食べ物の屋台をはしごし、腹ごしらえをしながら、時が過ぎるのを待った。




「クロードさん、お久しぶりです。オルフィリアさんも相変わらず、お美しい。道行く女性たちが色あせてしまうほどの美貌だ。それにあともう一人、美しい女性をお連れですね。なんというか野生に咲くマニリアの様に気高く凛とした美しさだ。クロードさん、両手に花で本当に羨ましい」


久しぶりに会うヘルマンは相変わらず屈託のない笑顔を見せながら、全員と握手した。

一度護衛に雇っただけの人間の顔と名前を憶えていてくれたことに少なからず驚かされたが、ヘルマンに言わせればオルフィリアはエルフというだけでも珍しかったし、クロードについても野盗に対して見せた圧倒的な腕っぷしがとても印象的だったようで、忘れようがなかったのだという。


「それにね、こう見えても私、人の顔と名前を覚えるのが得意なんですよ。商売で最も大事なものは人との出会い、すなわち人脈です。お二人とはきっとまたいつか何か商売のえにしがあると思ってました」


ヘルマンは応接間にクロードたちを通すと、給仕に人数分の茶を持ってこさせ、飲むように促すと、自身もカップに口をつけた。


「それで、クロードさん。今日はいったいどのようなお話で? 事務員の話では、なにやら大きな取引がしたいということでしたが、聞かせていただけますか」


先ほどまでくだけた様子だったヘルマンの目が突然、真剣な様子に変わった。

商人魂にスイッチが入ったようである。


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