第147話 静炎鎮魂歌
「さよなら、ヅォンガ。せめて、安らかに」
クロードは横たわる彼の亡骸の胸の上に手を置くと己の魔力を送り込み、≪炎≫の心像を宿らせた。マヌードを消し炭にした激しい燃焼のイメージではなく、死者を弔い、送るための静かで厳かな炎。
炎はゆっくりとヅォンガの全身に燃え移ると死の汚穢を清めるかのように火勢を強めていく。
自分がこの地を訪れなければ、ヅォンガはもっと長く生きられたかもしれないし、幸せだったかもしれない。彼の運命を捻じ曲げ、非業の最後を遂げさせてしまったのは自分だ。
この世界に来てからの自分はどこか他人事で、無責任だった。
どうせいつか去る世界だからという考えがどこかにあったからかもしれない。
だが、自分の決断で人が死に、多くの人の運命を狂わせてしまった。
この地に騒乱の火種を持ち込んだのは間違いなく自分だ。
これ以上悲劇が繰り返さないように、全力を尽くす義務が自分にはある。
クロードは立上り、頬を伝う涙を拭った。
ヅォンガとの別れを惜しみながらも、戦況は把握していた。
スキル≪危険察知≫と恩寵により高められた鋭敏な感覚が目前の悲しみに浸ることを許さない。自らに向けられた敵意、周辺の動き、情報を余すことなく感知してしまう。
クロードの周囲は、竜人族の族長ドゥーラと彼の手勢が迫りくるマヌード分裂体を寄せ付けぬように相手をしてくれていたし、その他の者も攻勢に転じ、敵の数を次々と減らしてゆく。
やはり、いかに能力が強化されているとはいえ、オーク族の兵士と戦闘に特化した竜人族とでは強さに格段の違いがあった。
紅炎竜レーウィスは空中からの強烈なブレスと急降下による攻撃で、敵方に凄惨な被害を与え続けていた。
最強生物と呼ばれているのもうなずける。むしろ、周囲にいる味方が巻き添えにならないか心配になるほどの猛威である。ブレスを受けたマヌード分裂体は一瞬で消し炭となり、巨体から繰り出される攻撃は、相手の原形も留めぬほどの破壊力だった。
「ドゥーラ!場外のマヌード駆逐は任せてもいいか? 城のオイゲンたちが気がかりなんだ。あまりにも静かすぎる」
「お任せを。外はレーウィス殿とそれがしたちで十分です」
「頼む。マヌードの寄生には気をつけてくれ。あと、敵の死体は残さず全て燃やせ」
クロードはドゥーラにそう言い残すと、イシュリーン城の方を向き、城の屋上にある塔の根元辺りに≪次元回廊≫の出口を設定すると目の前に出現した入口に飛び込んだ。
イシュリーン城の屋上に降り立って、最初に視界に飛び込んできたのは無残に殺された闇エルフ族の衛兵たちだった。
ある者は胴体を両断され、ある者は恐ろしい形相で口から泡を吹いて死んでいた。
中には何人か見知った顔の者もいたが、今は駆け寄り確認している時間がない。
クロードは屋上の出入口から城の中に足を踏み入れた。
すっかり馴染んだと思っていたこの城の雰囲気が、どことなく変わってしまったように感じるのは気のせいだろうか。まるで初めてこの場所を訪れたかのように足取りがどこか重く、全身に緊張が走っていた。
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