第148話 邪知暴虐

おかしい。静かすぎる。


静まり返った城内の雰囲気に、つい恐ろしい想像をしてしまう。

普段、建国の活気に沸くイシュリーン城で、当たり前に聞こえる話し声、足音、それに人々がたてる生活音というようなものの一切が聞こえない。

まるで深夜の城内のような静けさだった。


四階の通路を少し進むと通路の端に小さな横たわる体があった。

給仕係の少女リーンだった。


リーンに駆け寄り、確かめると外傷はなく、呼吸も脈もあった。

揺さぶり、声をかけるが、深い眠りに落ちているような状況で、一向に目を覚ます気配がない。


≪五感強化≫で聴覚を研ぎ澄ますとようやく城内の様々な場所で人々の寝息が聞こえた。どうやら皆殺しにされたのではないということがわかり安堵したが、それにしてもこれはどういうことだろう。


リーンの様子を見てもこれが通常の睡眠とは違うことは一目瞭然だった。なにか魔道的、あるいは夜魔族のヤニーナが使うらしい酔夢の術のようなものだろうか。


クロードは不自然な寝姿になっていたリーンの体を仰向けに直すと立上り、今度は≪危険察知≫も併用して五感を最大限に高め、場内の様子を探る。


現時点で自分に向けられる敵意のようなものはないが、玉座の間に複数の人間動く音、そして気配や予感とも似た漠然とした何かを感じ取ることができた。


クロードは三階に降り、玉座の間に向かった。

三階に降りる階段の途中で、玉座にいる何者かがこちらの存在に気付いたようで、≪危険察知≫にも反応が出た。反応は二つだった。

だが、敵意というよりは関心を示しているという程度で、それが余計に不気味だった。



「控えの間」を抜け、扉を開くと玉座に深く座り、頬杖を突く見知らぬ男が目に入った。男は奇妙な仮面をつけ、頭には司教冠、体には赤い司教服を身に付けている。

身に付けている衣装と仮面の組み合わせはとても違和感があり、衣装の持つ本来の意味を考えると酷く罰当たりで邪な印象を受ける。


そしてその男の座る玉座の傍らには見知った人物の変わり果てた姿があった。


ザームエルだった。

褐色だった肌は青く染まり、赤目に白い瞳をしていたが、その顔立ち、全身を漆黒の鎧に包まれたその立ち姿は紛れもなく彼のものだった。

だが、彼本来の凶暴さというか覇気のようなものは感じない。

静かで落ち着いた表情をしており、別人のようだった。


クロードは長剣の柄に手をやり、身構えながら広い室内の様子を見渡し、愕然とした。


玉座の間の壁には、以前見た≪虚無の鎖≫のようなものに手首を縛られ吊るされたリタとオイゲン、そしてオルフィリアの姿があった。床の上にはエーレンフリート、ユーリアの姿もあった。


金の刺繍がほどこされた赤い絨毯はところどころ焼け焦げ、戦闘の跡があった。


「クロード様、お逃げください」


吊るされているオイゲン老が口を開いた。その声は小さくか細い。

よく見ると胴体に血の跡があり、負傷しているようだった。

オイゲン老だけは意識があるようで他の者はリーンと同じく寝息を立てている。



「やあ、初めまして。君がクロード王だね。会いたかったよ。くくっ、それにしても名前がクロードで、しかも王とはね。洒落が効いている。君で二人目だよ。クロード王を名乗る人物に出会うのは」


玉座の人物は立上り、クロードの方に近づいて来た。





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