第146話 猪頭騎士涙跡

他のオーク族の戦士たちよりも巨躯で、その顔は毛深い。豚というより猪に似た風貌。身に着けている鎧は、他の者より意匠が凝っていて、黒光りしていた。

見間違いようのない、ヅォンガその人だった。

ヅォンガは無表情のまま、槍を振るい、竜人族の戦士を襲い続けている。

ドゥーラの指示なのか、竜人族の戦士は槍をいなし、防御に重きを置いているようだ。

よく見ると他の者たちも攻撃に転じることにためらっているようで、時折、族長であるドゥーラの方を窺っている。



「クロード様、いかがいたしましょう。マヌードに憑りつかれたと思われる者たちの中には、あのヅォンガ以外にも、逃れてきた闇エルフ族の氏族長なども含まれており、防戦して膠着状態を保ってましたが、そろそろ攻勢に転じなくては、わが手の者たちも限界が近づいています。あの者たちを救う方法が無いのであれば決断しなくてはなりません」


ドゥーラの悲痛な訴えが胸に刺さる。

現時点では何一つ、救う方法はない。


マヌード本体が寄主の体のどの辺りにいるかは魔力塊の位置でおおよそわかる。

今まで遭遇してきたマヌード分裂体の場合は、まだ完全に同化しきれていなかったため体の中に魔力塊が大小二つあり、それらが並び密着しているように感知できたが、一番最初に出会ったマヌードの魔力塊は一つだった。

おそらく現在二つに見えているようでもそれらは癒着或いは同化が進んでおり、肉体的にも細胞レベルで変質が進んでしまっている。外見の変異がその証拠だ。脱出ポットのような青い百足のような生き物が体を出ても元に戻っていないのが何よりの証拠だった。全身を流れる魔力流はすでにマヌードのものとなってしまっており、その流れは手足の先から脳まで及んでいる。

強い再生力を持ち、断片からすら復活する可能性が感じられるマヌードの性質上、マヌードと共に倒し、死によって支配から解き放つ以外にできることは無かった。


膠着状態に焦れたのか後方にいた青い顔の闇エルフ族が魔力による火球を複数作り出し、放ってきた。

それを合図に様々な種族が一斉攻撃を始めた。


対峙する両者の間の均衡が破れた。


これ以上はドゥーラたちにも多大な被害が出かねない。


「ドゥーラ、レーウィス。決着をつけるぞ」


クロードは、そう言い残すと真っ先にヅォンガの姿をしたマヌード分裂体に突進した。


クロードの後に、全軍が続く。

紅炎竜レーウィスはその大きな翼を広げ空に舞い上がる。


ヅォンガとはそれほど長い付き合いでもないし、種族も異なる。

だが、なぜだろう。あの人懐っこい笑顔が脳裏に浮かんで仕方ない。

あの歯が浮くようなお世辞とおべっかを聞くことがもうできないのだと思うと、とてつもなく寂しい気持ちになる。


何もできない自分の無力さに怒りが湧く。


「すまないが、相手を代わってくれ」


ヅォンガと対峙していた竜人族の猛者に声を変えると二人の間に割って入った。


「ヅォンガ、聞こえているか。少し邪険にしたかもしれなかったが、お前のことは嫌いではなかった。むしろ、連合王国で最大の功労者のひとりだと認めていたよ」


返事はなかった。


ヅォンガの肉体が攻撃対象を自分に定め、向かってくる。


「ルオネラ様に逆らう者たちに死を。私に害をなす者たちには罰を」


マヌード分裂体は、ヅォンガの声で呟いている。


ヅォンガの肉体は、最初に戦った時よりも少しだけ早い速度と荒い精度で、槍を振るい、連続攻撃を繰り出してくる。


クロードはそれを器用に長剣で捌き、そして、ヅォンガの魔力塊に半ば溶け込むようにして張り付くマヌードの魔力塊がある辺りに渾身の突きを見舞う。


ヅォンガの肉体を無駄に傷つけぬよう魔鉄鋼の長剣に魔力は覆っていない。

剣は鎧をたやすく砕き、肉体を突き抜けた。


剣を引き抜き、傷口に手刀を突き入れる。魔力探査を頼りに、マヌードの魔力を強く感じる部分を引き抜いた。

百足のようなものではない。

青紫の液体に濡れた肉の塊にたくさんの細い管のようなものが生えていた。

管のようなものは引っ張れば引っ張るほどヅォンガの傷口から出てくる。


クロードは意識を集中し、左手の中にある肉塊に≪炎≫の心象を込めた魔力を送り込む。左手に火傷によるものと思われる痛みを感じたが、手に一層の力を加え、肉塊を締め付ける。肉塊は炎に包まれると激しく脈打ちやがて糸のような触手をクロードの方に伸ばそうとしたが、火勢は強く瞬く間に触手もろとも消し炭になった。


「ヅォンガ!」


クロードは地上に横たわるヅォンガの体に駆け寄り、声をかけたが、やはり返事はなく、身動き一つしなかった。まだ体温は感じられたが呼吸は止まり、心臓も動いていない。どうやら生命維持にかかわる部分にすら支配が及んでいたようだ。



ふと見ると、ヅォンガの両目の端には、いつできたのかわからない涙の跡があった。


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