第145話 竜身紅炎竜
生まれてから二年間の記憶を失った。
この恩寵時のスキル変換によって失われる「記憶」が何を指すのか具体的には分からないが、少なくとも現時点では何も変化を感じることができなかった。
もともと三歳以下の年齢時の記憶は思い出そうと思っても思い出せなくて、古いアルバムや写真でしか自分がどんな感じだったのか知ることができなかった。これは赤ん坊だった自分が記憶を保持する力がなくて失われてしまったのか、あるいは最初から記憶する能力が発達していなかったのか。記憶に関する知識が乏しくて記憶の仕組み自体がわからないし、失われた零歳児の頃の記憶がもともと、どの程度あったのかすらわからない。
いずれにせよ、恐ろしいのは自分が変化を感じていないだけで、気が付かないうちに人格や価値観などに影響を及ぼしてしまっていた場合だ。この世界に来る前の自分と、様々な記憶を失い影響を受けたかもしれない今の自分がまったくの同じ人間性だと言い切ることはできるのであろうか。
そして問題は、≪異世界間不等価変換≫とやらによって得られた≪自己再生≫という新しいスキルだ。
字面通りの意味なら、怪我とかが治る感じなのだろうが、どの程度の再生なのだろうか。傷が人よりも早く治るという程度であればいいが、欠損した部位が再生するレベルとなるとますます人間から遠ざかってしまい、もはや化け物である。
手足が捥げて、また生えてくる人間などいない。
そのようなことを考えていると、先ほどマヌード分裂体を魔力で焼却した際に負った火傷がもうすでに治っていたことに気付く。
クロードは頭を左右に振ると再び走り出した。
今はとにかく事態の収拾だ。
国内に侵入しているマヌードの分裂体を一匹残らず駆逐し、被害の連鎖を断ち切らねばならない。
竜人族の居住区まで来るとあることに気が付く。
戦闘による破壊の後が激しく、路上で見かけた数体の死体が、元の種族がわからぬほどに炭化していたのだ。家屋や地面にも焼け焦げた跡が生々しく残り、まだ火が消えていないところもある。
さらに速度を上げ進むと、争う音がだんだんに大きくなり、視界に飛び込んできたのは、竜の姿に戻った紅炎竜レーウィスだった。
紅炎竜の周囲には百名ほどの竜人族たちもおり、何者かと対峙しているようだった。
駆け寄ると竜人族たちからは一瞬身構えられたが、族長ドゥーラが気付き、「皆の者静まれ、このお方がクロード王だ」と大声で皆に聞かせた。
とりあえずレーウィスとドゥーラが無事だったのは良かった。
顔を覚えていないオーク族の時でさえ、あれほどの辛さであったのだ。既知の二人がマヌードに体を乗っ取られて、彼らと戦わなければならなくなったら、どれほどの苦しみだったことだろう。
『クロード王、戻ったか。見よ、マヌードだ。姿形は違えども、あやつらはどうやら全員マヌードであるらしい。これまで何体も焼き尽くしてやったが、少々厄介な状況で困惑しておる。膠着状態じゃ』
紅炎竜レーウィスは、警戒心を緩めることなく、険しい様子で敵方を指さす。
数十体のオーク族。それに混じってオーガ族、闇エルフ族など様々な種族がいた。
全員、青白い肌、そして赤目に囲まれた白い瞳。
その敵の一団の中に、見たくない顔を見つけてしまった。
ヅォンガだった。
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