第143話 分裂体

「今なら許してあげます。その手から私を解放しなさい」

「私に向かって何ということを」

「私が何という無残な姿に」


左手に握るマヌードがあげた断末魔の悲鳴を聞きつけ、他のマヌード分裂体も集まってきたようだ。


その数、七体。全てオーク族だった。

どうやら、難民の誘導や監視をしていた小隊ひとつ乗っ取られた感じだろうか。

他の場所でも争う音が聞こえるので、これで全部ではないのだろうが、とにかくこいつらは一匹たりとも生かしてはおけない。


侵入した生物の生命そのものを侵食し、一方的に特性を奪い、次のより優れた性能を持つ寄主を探し続ける。この邪悪でおぞましい存在は全てを根絶やしにしなければ、不幸と悲しみの連鎖は終わらない。


これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。


「はやく、その手を離すのです」


焦れたマヌード分裂体の一人が声を上げる。

こんな状態でも人質としての効果があるのか、マヌードの分裂体たちは慎重になっており、なかなか近づいて来れないでいた。


そうだ。左手の中の分裂体は、こんなにも無残な状態になっても死んではいないのだ。初めてマヌードと遭遇した時もそうだった。凄まじい生命力があり、両断しても再生する力がある。


クロードは魔力塊に意識を集中させ、左手でぐったりとなっているマヌード分裂体に剣に魔力を纏わせる要領で、魔力を送り込む。

ただし、魔力に込めるのは≪切断≫や≪鋭利≫ではない。

いま心中で膨れ上がる怒りのような、熱く燃え滾る≪炎≫の心像。


やってみたことは無いが魔力に特性を与える操作はあれから何度もやっている。

あとの問題は≪炎≫を具現化できるかだ。

オイゲン老が使っていた蒼い炎のような高度なものでなくてもいい。

だが、この自分にとって許しがたい存在を消し去れる程度の威力を持つ炎。


炎だ。

火にまつわるものを思い浮かべる。

ニュースでしか見たことがない火事の映像。お盆の迎え火。ガスコンロの火。

だめだ。この程度では弱いか。

そういえばガスコンロの火は青かった。

料理を作っていて、熱せられたフライパンを触ってしまい軽い火傷を負った時に感じた熱。金属の熱さ。体感。

焚火。空気を伝わる熱と炎の揺らめき。

そうだ。バルタザルも魔力で枯れ木に火をつけていた。


魔力塊と脳中のイメージにつながりができ始める。


次の瞬間、握っていたマヌード分裂体が炎に包まれた。

左手に熱と軽い火傷の痛みが走り、思わず手を放してしまう。

威力のコントロールもできず、不安定な具現化だった。

これを空気中に出現させ、維持し、攻撃手段に用いることなど現時点では不可能であると思われた。


炎に包まれたマヌード分裂体は地面の上で、半ば引きちぎれかけた体をもぞもぞと蠢かせ、やがて動かなくなり、そして燃え尽きた。


「き、貴様」


七体のマヌード分裂体が、オーク族の豚に似た青い顔に怒りの表情を浮かべ殺到してきた。


クロードは迫りくる七体の魔力塊の位置を探査し、憑りついているマヌード分裂体のおおよその位置を把握した。

先ほどは、敵の正体を見極めるため、あえて癒着しつつあった二つの魔力塊を引きはがす軌道で剣を振るったが、もうその必要はない。

マヌードを直接狙う。

オーク族にもできるだけ痛みを与えぬよう一瞬で命を絶つ。


クロードは迫りくる七体のマヌード分裂体を、≪鋭利≫を具現化した魔力を込めた斬撃で一刀のもとに次々屠っていく。

奪った個体の能力を幾ばくかは強化しているようだが、元がオーク族の兵士たちなので特筆するような強さではなかった。



地上に横たわる七体のオーク族の死体に魔力探査で、マヌードの痕跡があった辺りが潰え、残るオーク族の魔力塊の働きが今まさに活動を停止しようとしているのを確認すると、クロードの闘いを茫然と見守っていた若き闇エルフ族の戦士に声をかけた。


「ルーテン、彼らの死体は念のため、完全に燃やし尽くしてくれ。俺は次へ行く」

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