第142話 感情

青い顔のオーク族の全身の魔力を観察してみるとやはり魔力の流れが不自然だった。

オーク族の者と思われる魔力塊に別の魔力塊が取り付き、半ば癒着しているかのような状態だった。

寄生虫の様に憑りついたもう一つの魔力塊は全身に細い管のような魔力流を張り巡らせており、おそらく魔力だけでなく肉体的にも何らかの浸食が進んでいるのだろう。

あの青白い皮膚と相貌の異様さはその変質を表しており、元の姿に戻せるのかさえ分からなかった。


「マエガ……ミ……ナイ、オデノガラダ……」


クロードが放った打撃のショックによるものか、あるいは肉体の支配が完全でなかったのか、どうやらまだ意識はかすかに残っているようだ。

助けることができるのならば助けたい。

だが、一刻も早く事態を収拾して、城のオイゲンたちと連絡を取らなければならない。

自分の迷いが戦況を悪くするであろうことは想像に難くない。


全体の戦況が膠着気味になっているのは、同じ連合王国内の味方だったものが敵として襲ってきているということも理由の一つかもしれない。

敵であり、人質であるという厄介な状況だ。


青い顔のオーク族が戦斧を振り上げ襲い掛かってきた。

なるほど、支配されている感覚とそうでない感覚があるのか、動きの精度は良くない。それでも、ひとかどの戦士である証拠か、あるいは乗っ取りにかかっている存在が肉体の出しうる力を増強させているのか、重量感のある戦斧を軽々と持ち上げ、クロード目掛けて振り下ろそうと迫ってきた。


「すまない。許してくれ」


クロードは魔鉄鋼の長剣を抜くと、オーク族の体内に宿る二つの魔力塊の重なり合う位置を袈裟切りに両断した。


切断されたオーク族の肉体は戦斧の重みに負け、前のめりに倒れた。

赤黒い血が溢れ、大地に血だまりを作っていく。


オーク族と初遭遇し、刃を交した時とは違う、言いようのない罪悪感と寂しさが胸をよぎったが、クロードは意識を集中し直して、オーク族の体の切断面を凝視し、剣の先で少し探ってみる。


次の瞬間、切断面に見える肉の隙間からクロードの顔に向かって、血塗れの細長い物が飛んできた。スキル≪五感強化≫により高められたクロードの目は、その飛んできた物体の細部にわたるまで補足していた。先頭にオーク族の頭部が付いた百足ムカデのような生き物だった。頭部は違えども、魔将マヌードの時に飛び出してきたあの奇怪な生物に似ている。


クロードは苦も無く、顔の手前で捕まえると、その左手にわずかばかりの力を加えた。握りつぶしてしまわぬように、かと言って身動きできないと思われる力加減で胴体を締め付ける。


「イッヒ、こ、殺さないで」


オーク族の頭部を持った青い百足は、か細く、不快な高音で嘆願した。


「お前は、何者だ。なぜ、襲ってきた」


「落ち着いてください。平和的に解決しましょう。私はマヌード。どなたか存じませんが、お強いですね。私と一つになりましょう。融和するのです」


マヌードを名乗った豚頭青百足が精神波のようなものを放ってきたが、スキル≪精神防御≫が遮断した。

クロードはマヌードを握る力を強める。


「ぐうぅ、苦しい。そんな……洗脳波が効かないなんて」


「余計なことをすれば次は殺す。大人しく質問に答えろ」


このような言葉遣いは自分らしくないし、そうした言葉が自然に出てきてしまう自分に戸惑っていた。元の世界では喧嘩らしい喧嘩だってほとんどしたことがなかったはずだ。

だが、このマヌードと話していると不快さといら立ちが募ってくる。


「ううっ、殺さないで。平和、平和が一番ですよ。何でも答えますよ。だから、殺さないで。少し前、この城に魔将マヌードと名乗る男が来たでしょう。あれは、私より先に作られた私なのです。私を殺した者とルオネラ様に反旗を翻す者たちを私たちは許さない。然るお方のご指示もありましたが、これは私怨です。だから、この城を襲ったのです。貴方たちが悪いんですよ」


愛想笑いしているつもりだろうか。オーク族に似た顔を歪ませ、不揃いな歯のようなものを見せた。


「あの青い顔をした敵全てがお前の仲間か」


「いえ、仲間というのは正確ではない。貴方の知能で理解できるかわかりませんが、あれは全て私です。最も古い私が生み出した分裂体であり、本体でもあるのです。一つの分裂体を作るのに八年近くもかかるのですよ。いかに貴重かわかるでしょう。だから殺さないで」


マヌードは早口の耳障りな声で捲し立てた。


つまり無性生殖のようなものだろうか。

八年かかるということは、分裂期のようなものがあって、その間は活動できないと推測されるが、そうなると、この場に来てない個体もいて、その個体が今もどこかで新たなマヌードを生み出そうとしていることになる。

全ての個体を駆逐しなければマヌードを倒したことにならないのなら、本当に厄介な生物だと思った。


「お前に操られている人間を元に戻す方法はないのか。潰されたくなければ言え!」


いつになく心の内側に荒々しい感情が湧き上がってくるのを感じていた。

自然に語気が荒くなる。

人の意思を無視し、蔑ろにして、その肉体を奪うこの生物のおぞましい生態。嫌悪感が全身を貫く。顔に血が上り、怒りで震えがくる。


「元に戻る方法などありません。我らは侵入した生物を取り込み、やがてその特性を受け継ぎ、次の生物へと進化する。あまりにも個体差のある強大な生物は不可能ですが、貴方なら問題ありません。さあ、貴方も私と一つになりましょう。新たな魔将マヌードへの進……」


クロードは、マヌードの分裂体を握りつぶした。

ミシミシと嫌な音を上げ、嫌な感触が手に残る。

マヌードは白目を剥き、舌を出してぐったりしている。


クロードの周囲には、他の者との戦闘をしていた青い顔のオーク族すなわち七体のマヌート分裂体たちが慌てたように近づいて来ていた。

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