第五章 異世界騒乱

第141話 騒

奇怪な形状に生育した木々の間を、しばらくひた走ると前方から近づいてくる人影があった。


猫尾族のニーナだった。

猫に似た両耳と尾以外は普通の人族の女性とよく似た姿だが、その俊敏さと体の柔軟性は人間の比ではない。


ニーナは顔中汗まみれで、呼吸をするのも苦しそうだった。


「し、城が大変なことに……」


いつも語尾につけている「ニャ」を忘れるほどに切迫した表情で、しがみ付いて来る。おそらく休憩もとらず、往復したのであろう。まだ、呼吸が整っていない。


「何があった。焦らずゆっくり話せ」


オロフは腰に下げた川の水袋を外し、ニーナに渡した。


ニーナは水袋の中の水を勢いよく飲み干すと、深く息を吐きだした。


「敵襲ニャ。難民たちの中に敵が混じっていたみたいで交戦中ニャ。情勢は劣勢じゃニャイが、敵と味方の判別がつかなくて現場は大混乱ニャ」


どうにも騒がしく、緊張感がなくなってしまったが、ただならぬ事態が起こっているのは間違いない。


「オロフ、ニーナ、すまないが先に城に戻る」


クロードは、二人を置き去りにして、駆けだした。

≪次元回廊≫を使うことも過ったが、少しでも魔力を温存したかったこともあり、八割程度の走力で移動する。

それでも、オロフたちにはついて来れない速度なので、仕方がない。


まずはこの目で状況を把握したかった。



イシュリーン城が近づくにつれて、戦いの喧騒と焦げ臭いような匂いがはっきりと感じられるようになった。

音から判断すると戦闘はいまだ続いているようで、金属同士がぶつかる音、怒号や悲鳴なども聞かれた。


何かおかしい。


城にはオイゲン老や他の族長たちもいるはずだ。

難民に紛れて侵入した寡兵の処理にこれほどまで手こずるというのは考えにくかった。

何かが起きている。そう考えるのが自然だろう。



森を抜け、城の西側に出た。

ザーンドラ戦の疲労もまだ残るがひとまず現状把握しなくては。

誰かが火を放ったのか、城の周辺には焼け焦げた跡や黒い煙があちらこちらで見受けられた。

戦闘が主に行われているのは城門前広場だ。

複数の人影があり、激しく争っている。



城門前広場にたどり着き、最初に目に入ったのは、青い豚の顔だった。

普通のオーク族ではない。

青みがかった皮膚に、赤い目。瞳部分は白くよどんでおり、不気味だった。

魔将マヌードをつい連想してしまう。


城門前の戦況は、闇エルフ族十数人に対し、青い顔をしたオーク族は八人。

数で優っているにもかかわらず、闇エルフ族の方が防戦一方だった。

見れば負傷者も出ている。


「クロード王、よくぞ御無事で」


青い顔のオーク族と対峙していた闇エルフ族の戦士が声を上げた。

顔に確か見覚えがある。エーレンフリート麾下で名前は確かルーテンだったか。

闇エルフ族なのでおそらく年上なのであろうが、見た目は若く成人したばかりという感じだ。


ルーテンは、青い顔のオーク族の扱う戦斧のすさまじさに防戦一方のようだ。


クロードは二人の間に割って入り、青い顔のオーク族の鳩尾に加減した打撃を与える。青い顔のオーク族は後方に吹き飛び、倒れた。


「何が起こっている。エーレンフリートやオイゲンはどこにいる? 」


「はじめは難民たちの一部が暴動を起こし、その後鎮圧に成功いたしましたが、鎮圧にあたっていたオーク族の兵たちが乱心し、城門に詰めかけてきたのです。戦闘はここ以外でも行われているようで、敵の総数は不明です。エーレンフリート様やオイゲン様はおそらく城の中です。城門を閉ざし、守るように指示を受けてから連絡が途絶えました。場外の指揮はドゥーラ様とヅォンガ様です」


闇エルフ族のルーテンは、かなり動揺しているようだったが、努めて感情を抑えながら、冷静に報告してくれた。


おおよその状況は掴めた。


難民に紛れていたのはおそらく魔将マヌードのような特性を持った敵で、鎮圧にあたったオーク族の兵士はその体を乗っ取られたと推測するのが現時点では妥当だろう。

オーク族の兵士はどうにも顔を覚えにくいのでわからないが、あの鎧はおそらくヅォンガの配下で間違いないはずだ。

あのオイゲン老が事態収拾に動けていないということは、城の内部でもおそらく何らかの異変が起きていると思われる。


「ゴ、ゴロジデグデェ。グルジ……イ」


先ほど吹き飛ばした青い肌のオーク族がのろのろと立上り、戦斧を構え直した。






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