第140話 無理矢理連行

魔将ザーンドラの境遇は自分と似ている。

自らが生まれ落ちた世界から、この異世界に無理矢理連れてこられて、帰ることができないでいる。

自分の場合は不幸中の幸いで、この世界の人族と近い見た目をしているが、元の姿が巨大な蛇のようなザーンドラからすれば、その存在はあまりに特異で、感じてきた孤独と寂しさは自分の比ではないであろう。


しかも現時点では確かめようがない話であるが、≪異界渡り≫は歳をとらないらしい。老化現象が非常にゆっくりなのか、あるいは完全に不老なのかはわからないが、この世界に残って暮らしていく場合、多くの不都合が起こりそうだ。自分が愛する人たちと共に歳を重ねていくことができないということは、周囲から奇異の目で見られるであろうし、普通の人間としての幸せな一生など望むべくもなくなってしまうだろう。永遠に自分の子や孫、それに連なる者たちが老いて死んでいくのを見続けていかなければならないのは正直言って嫌だ。


「元の世界に帰りたいのか」


「帰れるものならな。本当は誰よりも強くなり、ルオネラの首根っこ捕まえてでも無理矢理元の世界に戻させようと考えた時期もある。だが、私の強さは頭打ちで、今回の大量捕食でもほとんど≪恩寵≫を得られなかった」


帰りたいという気持ちの他、帰還の方法も似たようなことを考えていたようだ。

神々を縛るという黄金律の件もあり実現可能性が急低下してしまったが、現時点ではルオネラに直談判して帰還させるように頼むしか他に方策が無いのだ。


「お前が知っていたかはわからないが、実は俺も≪異界渡り≫なんだ。元の世界に戻りたいという気持ちは理解できるよ。だから、この場ではお前にとどめを刺さないことに決めた」


「恐れながら。クロード王、こいつはあまりに危険です。後の禍根を残すことになりますぞ」


クロードの言葉にオロフが慌てた様子で言った。


「その犬っころの言う通りだ。考えが甘すぎる。俺を生かしておいても、改心などはせんぞ。人型になれば、食事の量は少なくて済むが、目障りなザームエルやマヌードがいない今、誰の目もはばかる必要がない。本能の赴くままに、この世界に住まうすべての生命を食らいつくしてやるぞ」


クロードは嘲笑うように話すザーンドラの顔のすぐそばに魔鉄鋼の長剣を突き刺した。


ザーンドラの残された左目がこっちを睨み見た。


「ザーンドラ、俺の考えは甘すぎるのかもしれない。この期に及んでも自分の手を汚したくないと思う卑怯者であることも自覚している。だが、言葉を交わしてみて、お前を殺す気にはどうしてもなれなかった。自暴自棄にならずもう一度元の世界に戻れるように、違う方法を探してみるというのはどうだ。もしくは、俺がその方法を見つけ出すのを少しだけ待っていてはくれないか。俺はまだ、あきらめてないんだ」


ザーンドラは目を閉じ、しばしの沈黙が訪れた。


「もし提案を拒絶したらどうする」


「どうもしないよ。この場では殺さない。もし再び現れて、俺の仲間や魔境域で平和に暮らす人々に危害を加えることがあったなら、その時は……ためらわず殺す。だが、敗者は勝者にすべて従うというのがマーヤーの流儀なんだろう。その流儀に誇りを持っているなら提案に従ってくれ。あとはザーンドラお前の決断に任せる」


クロードは魔鉄鋼の長剣を鞘に納めると仰向けになったザーンドラに背を向け、走り出した。しぶしぶオロフが後に続く。


イシュリーン城を発った時に感じた漠然とした気配と不安。

難民たちの多様な意志の中に紛れ込んでいるかのような朧げな悪意。

杞憂かもしれないが、魔将ザーンドラとの決着がついた今、少しでも早く城に戻りたかった。


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