第138話 非現実的存在

鈍い光沢を帯びた滅紫けしむらさきの鱗に覆われた大蛇。

それも人知を超えた破格の巨大さである。

元の世界にいた時、これほど大きな生物は存在しなかったし、いたとしてもと、それは神話や創作の世界の中の話であった。

事実、目の前にいる魔将ザーンドラの姿は、野生生物が持つ原初の力強さを体現しているばかりか、どこか神々しささえあった。

非現実的な存在が放つ畏怖。

もし、何も知らぬ者がこの姿を目の当たりにしたなら、土着の神、あるいはそれに類するものと名乗ったとしても信じてしまうかもしれない。



『どこに逃げても無駄だ。全員、俺の胃袋に飲み込まれるがいい』


魔将ザーンドラの大きな声が辺りに響き渡る。


とにかく全員が逃げ切るまで時間を作らなければならない。

クロードは跳躍し、巨大な蛇頭の目掛けて、渾身の一撃を振り下ろす。


大蛇ザーンドラはその巨体からは想像できない速さで、胴体の影に頭を隠した。

剣は鱗の数枚を破壊し、浅からぬ傷をつけたが、この圧倒的な体格差ではどれだけダメージを与えられたかはわからなかった。手には鈍い衝撃が跳ね返り、鱗の硬さとその下にある肉体の強靭さとボリュームが伝わってきた。


大蛇は大きく旋回し、その尾を鞭のようにしならせ、打ち付けてきた。

クロードは空中にいたので、避けることができずその攻撃をまともに喰らってしまう。


全身の骨格に響き渡るような衝突の振動を感じた。

クロードの身体は木々をへし折りながら、遠くに吹き飛ばされ、やがて地面に叩きつけられた。

間髪入れずに、丸のみにしようと大蛇の大きな口が迫ってくる。


クロードは転がって、間一髪でそれを避けた。

全身にきしむ様な痛みが走る。

立ち上がって辺りを見渡すと、この一瞬の攻防で周囲の林は無残な姿になり、大きく開けていた。


大蛇はチョロチョロと舌を出し、その顔はまるで勝利を確信しているかのように見えた。


空中戦は完全に不利だ。急所にこだわらず、地面に近いところを攻めるしかない。

クロードは魔鉄鋼の長剣を強く握り直すと、突進し、大蛇の胴体に連続で斬撃を浴びせた。自らのなし得る最高の速度と強さで。


圧倒的な体格差である。

一撃の重みはあちらに分があるのは歴然なので、手数で勝負だ。


クロードの放った斬撃は、先ほどと同様に鱗を剥ぎ、その下の肉を傷つけはするが致命傷には至らなかった。

浅い。やはり、魔力を加算しない斬撃の威力では、致命傷は与えられないようだった。


クロードは何度も迫りくる胴体による体当たりと噛みつき攻撃を躱しながら、目の前の部位を攻撃し続けた。


ザーンドラも苦痛は感じているようで、時折声を上げたが、まだまだ余裕がありそうで、戦いは長期戦の様相を呈し始めた。


魔将ザーンドラの速さは人型の時とおそらく変わっていない。

だが、恐るべきはその点なのだ。巨大化したにもかかわらず、速さが変わらないということはその体の重量を考慮すると一撃の衝突力が比較にならないほど増大しているということなのだ。そして狭い場所に追い詰められた時、空間の支配力で圧倒される。


先ほどの一撃を食らって分かったが、そう何度もくらって無事でいられる破壊力ではなかった。


体力と気力が尽きた方がおそらく敗者となるのだろうが、この戦い方では決め手を欠く点で自分が不利だ。先ほどのダメージもある。


長いため時間を作れれば、魔鉄鋼の長剣を魔力で覆い、自分が出し得る最大火力の一撃をくらわせてやることができるが、そのような隙は与えてくれなさそうだ。


剣を振るう腕と高速で回避を続ける肉体に疲労を感じ始めた。


魔将ザーンドラは無尽蔵かと思えるスタミナで攻撃を緩めない。


次第に胴体と尾、そして咢による連続攻撃で追い詰められていく。



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