第131話 約三百六十日

闇エルフ族の古い記録を紐解くと、暦のような概念があるのだということがわかった。この記録を残した人物は、月の満ち欠けがおよそ三十日でひと回りすることに気が付いており、それをもとに一年通しての気象現象やその年に起こった災害や天変地異を毎日記録し、季節ごとに採取できる薬草やそれらの情報を生活に役立てることを考えていたようだ。加えて日々何を食べたとか、従兄弟の誰それに子供ができたなど、日々の出来事を事細かく書いていたので読み物としても結構楽しむことができた。


月の満ち欠けによる暦。

勉強不足で少し自信がないが、確か太陰暦だったか。

この記録を残した人物は一年を三百六十日とし、十二の月に分けていた。

二、三年に一度、「暦が生まれ変わった年」だとして、新暦年と呼び、十三月の年を作ることで暦と季節のずれを調整していたようだ。


オイゲン老の話では、普及はしていないが、今でも一部の闇エルフ族はこの考え方を学び、天候や気象の予測に役立てているとのことだった。


太陽と月が存在すること。月の満ち欠けの周期。一年がおよそ三百六十日であること。元の世界にあったファンタジー的な創作物と、それにでてくるエルフやドワーフなどの種族、文化等の類似。

オルフィリアと初めて出会った時に、遭遇したゴブリンなどの魔物も、どこか既存のゲームや小説を彷彿とさせるし、牛、豚、鳥などの動物も元の世界のそれと非常に類似したものが多い。


元の世界とこの異世界は、あまりにも共通点が多すぎる。


これらは全て偶然だろうか。


まるで創世神ルオネラは、俺がいた元の世界を参考に、この異世界を作ったかのようではないか。



クロードは長い年月で変色した古い記録の冊子を閉じ、執務机の上に積まれた本の上に重ねた。

夜魔族に教わった、コゥロロという覚醒作用がある実を乾燥させて作った粉をお湯で溶かした飲み物を一口飲むと立上り、古い木の窓を開けて外の空気を吸った。


厳しい寒さが去ったものの、外の空気はひんやりとして、暖炉の熱気で暖められた体に心地いい。


このイシュリーン城に来てから早いもので、数え間違いでなければ、百四十八日目。

元の世界の暦に無理矢理当てはめるとすれば、今はもう三月の末、もしくは四月上旬頃であろうか。

城の者の話では、あと一月ほどで、雪が消え、この≪魔境域≫にも遅い春が訪れるのだそうだ。マテラ峡谷の探索は冬季にしかできないので、十日ほど前に拠点の撤収を開始した。まだ検証が終わっていないが遺跡群から得ることができた莫大な量の硬貨や加工済み金属類、資源、その文明の発明品や美術品と思われる物品は、おそらくこの世界のいかなる国家も比することができぬほどに国庫を潤した。


窓の外に見える城下の景色も、クロードが初めてこの城に来たころと比べると随分と様変わりした。


邪魔になる不要な雑木林は伐採され、随分と整備が進んだ。それと同時に城に至る各所には木杭柵が設置され、張り出し陣や側塔が作られるなど物々しさが増した。さらに雪が完全に溶けたら、各種族の居住区の外側には堀と石積の壁が設けられることになっている。

この優美な外観のイシュリーン城にはどれも不似合いだったが、残った魔将や大魔司教と呼ばれる男、ルオネラの使徒たちの襲撃を考えれば備えとしてはまだまだ不十分だと思われた。


厳しい冬の寒さと大量の雪が生み出したつかの間の平穏はもうすぐ終わりを迎えるだろう。


クロードはところどころ黒い岩肌が見え始めた険しい連峰の姿を眺めながら、ひとり、そう思った。

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