第130話 喪失感絶望感

全身が眩い光に包まれて、気が付くとそこはマテラ渓谷の遺跡群にあった元の地下室であった。


目の前の巨大な魂結晶ソウル・クリスタルは、その帯びていた光を失い、纏っていた神聖性を感じ取ることは出来なくなっていた。

床の上には、エーレンフリートとヅォンガが倒れており、肩をゆすり、声をかけると、すぐに意識を取り戻した。体にも特に異常はなく、一安心というところだった。


話を聞くと両者とも地下室に降りてから先の記憶はなく、自分たちがどうなったのか聞きたがったが、見苦しく騒ぎ立てた様子を知り、ショックを受けてもいけないので、その辺は上手くぼやかして伝えた。ヅォンガはともかくとして、とくにエーレンフリートなどは、常に高潔であろうとする気質なので、真実を知ったら深く落ち込みかねない。何者かの思念の残渣に憑依され、鬼気迫るほどに変貌した時の彼の表情は自分だけの胸に納めておこう。


クロード一行は、探索を切り上げ、オーク族の拠点設営組と合流した。

オーク族の拠点組は、拠点の設営を仮完了させていたばかりか、発見された大量の硬貨の袋詰めに取り掛かっていた。

クロードとヅォンガは≪次元回廊≫で一旦、城に戻り、オイゲン老に財源となる大量の硬貨の発見を報告すると、オーク族の人夫の増員と探索拠点のさらなる追加と整備のための資材運搬を手配した。


この後クロードたちは≪次元回廊≫で何度も往復し、硬貨が詰め込まれたおびただしい量の硬貨を十日ほどかけて、そのすべてをイシュリーン城に運び入れることに成功した。


マテラ渓谷の遺跡群は、五つのエリアに分けられ、その各エリアに拠点が作られ、長期の滞在に耐えうる食料や生活のために必要な備品などが持ち込まれた。

こうしてオーク族の組織的かつ人海戦術によるインフラ整備がなされたので、当面の間、交代制で人員を常駐させ、調査と発掘を進めていくこととなった。ヅォンガは遺跡発掘プロジェクトの最高責任者に就任し、常駐しながら、陣頭指揮を執った。


クロードは三日に一度、≪次元回廊≫を使い、人員の交代と食料や資材の運搬、そして発掘された品々の城への搬出を担ったが、その都度、ヅォンガやオーク族の人夫に労いの言葉と差し入れをわすれなかった。

このことが功を奏したのか、ヅォンガの闇エルフ族に対する嫉妬にも似た対抗心は少し和らいだようで、同行させているユーリアたちに対する態度も幾分改善したようだった。


王としての政務をこなしながら、マテラ渓谷の遺跡群とイシュリーン城を往復する日々。遺跡群に赴く際は、人員と物資の輸送を行いながらも、オルフィリアたちを伴い、遺跡の探索調査を行う。夜は夜で、遅くまで、書物を読み漁り、王業に必要なこの世界の知識の修得に努めた


こうして、ルオの居た三界から戻ってからのクロードの日常は、余計なことを考える余裕がないほどに、精力的で多忙を極めた。



元の世界に戻ることができない。


同じ≪異界渡り≫のリタだけでなく、この世界に来てからもっとも人知を超えた存在であるように思った少女ルオの考えも同じだった。


召喚した者に、「自分を元の世界に戻す力」がないなら、他にどうすればいい。


あの神々をすら縛る黄金律の話が本当であるならば、この世界の創世神であるらしいルオネラに直談判して戻してもらうという最終手段ともいえる案の実現可能性がほぼなくなりつつある。

元の世界に帰る手段を見つけるために、この未知で広大な異世界を漂流し、足掻き続けてきたが、ここまで目指してきた道標みちしるべのようなものが途端に意味を持たなくなってしまった。


喪失感と元の世界の帰れないのではないかという絶望が心の内を埋めつくしてしまわないように、クロードはあえて自分を多忙な日々の中に放り込むことにした。


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