第128話 常世乃傍観者

「それでは、改めて。初めまして、クロード。私の名前はルオ。あなたに会えることを楽しみにしていたわ」


花冠をかぶった少女は、穏やかな笑みを浮かべながら、クロードの目をじっと見つめている。その小さな頭に、白い大きな花弁がたくさん編み込まれた花冠を被り、その下に左右対称に整った美しい相貌があった。まるで神話を描いた名画から抜け出てきたような現実のものとは思えないほどの造形美だった。


「君は何者なんだ。なぜ俺のことを知っている。見失ったと言っていたが、俺がこの世界に来たことに関与しているのか。それと……、元の世界に戻る方法を知っているのか」


「そんなに一度に質問されても困るわ。私にわかるのは、私の名前がルオであることだけ。今はもう自分が何者であるか思い出せないの」


記憶喪失ということだろうか。

このような不思議な世界に住み、その中を自由に移動できる。

この時点で普通の人間ではないであろう。


彼女の体からは、この世界の人間ならば少なからず誰でも有している魔力を感じない。

バル・タザルにより魔力感知のすべを得てから、人間だけでなく、ありとあらゆる生物、草木などの植物にも魔力は宿っていることを知った。石や砂などの無機物や辺りを漂う空気でさえ微小ながら魔力を帯びているのだ。

にもかかわらず目の前の少女からは一切の魔力の痕跡が感じられない。

このことが意味するのは、目の前にいるルオという名の少女が物質的な体を有していないか、あるいはその魔力を隠蔽し、感知の目を遮断しているということだ。

後者だとすれば、これから聞く話の信ぴょう性にも少なからず疑いが湧いてきてしまう。


「私は見ていたの。あなたがこの世界に喚び堕とされる一部始終を。私は常に世界の傍観者。文明が生まれ、それらが滅び、また新たな文明が生まれる。その繰り返しをこの場所から、ただ眺めていた。私ができることなんて何一つなかった。でも、たった一つ。たった一度だけ、持てる力のほとんどを使って、あなたの出現地点をずらし、あなたをこの世界に召喚した者たちの目を眩ませた。奴らにあなたの召喚が失敗したと思わせることができたけど、私もあなたの所在を見失ってしまった」


「自分のことを傍観者だと言った君がなぜ、そのようなことをしたんだ。そして、俺を召喚した奴らは何者なんだ」


知りたいという気持ちが強すぎて、つい言葉に熱がこもってしまう。


「わからない。でも、そうしなければと咄嗟に思ったの。あなたを奴らに引き渡すことは、この世界の終わりにつながると強く感じた。あなたをこの世界に連れてきたのはルオネラと彼女の眷属たちよ。この世界には、幾度も他の世界から、様々な存在が訪れたけど、あなただけが他と比べて異質だった」


ルオの顔に憂いあるいは戸惑いのようなものが浮かんだ気がした。


この話を信じるならば、あの暗い森の中にいた原因を作ったのは、目の前にいるルオという名の少女だということになる。彼女の妨害がなければ、今頃、ルオネラやその配下の者たちによって、虜とされるか、あるいは仲間に引き込まれるなどの可能性もあったのかもしれない。だが、地球の、しかも戦争ひとつない平和な国の、平凡な大学生など連れてきて、何をさせようとしていたのだろう。


俺にできることなど、少なくとも元の世界にいた時には何もなかったはずだ。

普通に大学を卒業して、安定した会社に就職し、友達と遊んだり、ひょっとしたら可愛い彼女ができちゃったりして、ささやかな家庭を作り、一生を終える。

そのような人生設計とも呼べない漠然とした将来を思い描いていた。

何か変わった特技があるわけではなく、ゲームや映画で例えるならばエキストラ、あるいはモブだ。

でもそれでよかった。人生に何の不満もなかった。

普通に嫌な出来事もあったが、毎日楽しかったし、その日々が続くことに疑いを持っていなかった。


「俺は……、元の世界に戻れるのか? 」


「私には、断言できないけれど、おそらく不可能だと思うわ。上の次元の世界から降りてくることは出来ても、その逆は神々よりはるか高位の存在が定めた黄金律により、することができないの。黄金律を破ることは神々にとっても命取りで、自身の消滅につながる禁忌よ。神々であっても自らの意思で、自分がいるカテゴリの上には存在を移すことは出来ない。異世界間の交換がなされた場合、下の世界の供物は分解され、自我を持たない霊子的存在として引き渡されるの。あなたが連れてきた者たちが憑りつかれたのは、魂が分解されるときに生み出される思念の残渣よ」


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