第127話 花冠純白少女

魔鉄鋼の長剣を振りかぶり、巨大で透明な結晶を破壊しようとした時のことである。


巨大結晶の滑らかな表面に、人の姿が浮かび上がった。

金色に輝く髪。白い花であしらわれた花冠。純白の衣を纏った少女だった。


『その石を壊してはだめ。その石は魂結晶ソウル・クリスタルといって、とても貴重なものよ。その石に触れて、わたしに会いに来て』


少女は表情を一切変えることなく、静かに佇んでいる。

少女の声は口から発せられたものではなく、年の割に落ち着いており、どことなく威厳のようなものが感じられた。


一瞬罠ではないかという考えも過ったが、この魂結晶と呼ばれる石や少女からは邪悪なものは感じられなかった。それどころか、この部屋に満ちていた思念のようなものとは対極に位置するような神聖さすら感じることができる。


そもそも、この地下に続く扉が発見された時、なぜか行かねばならないような予感と何者かに呼ばれているような感覚があったので、この少女が何者なのかという好奇心もあり、言う通りにすることにした。


クロードは長剣を鞘に戻し、魂結晶を手で触れる。



魂結晶の内側から鋭い光があふれだし、目を開けていることができない。

だが、不思議と不快ではなく、高い山の頂で初日の出を拝むときのような、身も心も清められているかのような清々しい気持ちになる。


魂結晶が発生させたのは光だけではない。

≪五感強化≫で辛うじて拾うことができる超低音。

普通の人間の可聴域ではとても感知することができない。

それはまさに、音というより、空気の振動と表現した方が適切かもしれなかった。

地面や壁に伝わった超低音が、微細な埃が舞い上がらせ、部屋全体を揺らす。


ヅォンガやエーレンフリートが人のものとは思えない絶叫を上げ、そして静かになった。



眩い光と空気を震わす微細な振動が収まったのを確認して目を開けると、そこは色も形も何もない世界だった。

森の精霊王エンテが捕らえられていた異次元間の狭間とも違う。

クロードは自らの姿を確認しようとするが、もはや人の形をしてはおらず、どこが手でどこが足なのかわからなかった。精神あるいはエネルギーだけの存在とでもいうしかないような状態だった。


そして、目の前に同じような姿かたちは無く、ただそこにいることだけが確認される存在があった。


『会いたかったわ。今はクロードという名前なのね』


魂結晶ソウル・クリスタルの表面に映った、あの少女の声だ。

音というより直接伝わってくる念話のような声。


『私の名前はルオ。あなたを見失ってから今日までずっと探していたのよ』


この姿も形もない存在はルオと名乗った。どうやら、この世界に来てからの自分を知っているようだ。ひょっとすれば、それ以前の自分についても知っているのかもしれない。「君は何者なんだ」と尋ねたかったが、それを尋ねる口がない。

ルオと名乗る存在のように直接相手の存在に意思を伝える手段があればよいのだが。


『気が付かなくてごめんなさい。あいつに見つかる可能性が少し高まるけど、一つ下に降りましょう』


ルオと名乗ったその存在がそう言うと周囲に色彩と形が戻った。


目の前にあった不確かな存在は、花冠をかぶった愛らしい少女の姿になり、クロードも人の姿を取り戻した。





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