第126話 憑依豹変色男
分厚い金属の扉の先に現れたのは、地下へ続く階段だった。
とりあえず≪危険察知≫で探ってみたが、特に注意を喚起させられるような存在は感じられなかった。
扉を切断した様子を見ていた一同はあっけにとられたようで、まだ茫然としている。
「次元回廊といい、今の技といい、クロード、あなた最近、何でもありになってきてない? 」
オルフィリアが呆れたように言うと、皆も一様に頷いている。
ユーリアは両手を組み、「やはり、我らの救世主様です」と呟き、ヅォンガは興奮した様子で鼻息が荒い。
「俺が先に降りて様子を見てくるから、みんなはここで待っていてくれ」
クロードは、そう言うと扉に向かって歩き出したが、ヅォンガが追いすがり、目の前に立ちはだかった。
「なりませんぞ。クロード様は国王の位にあられるお方。御身をもっと大事にしてくだされ。先鋒はそれがしが務めまする」
「いや、親衛隊たる、私が」
エーレンフリートも競う様に前に出る。
オーク族というよりヅォンガと闇エルフ族の対立構図のようなものができつつあると感じたので、入口の発見者であるヅォンガに先頭を譲る様にエーレンフリートを宥めた。国を立ち上げたばかりなのに仲間内で争っている場合ではない。
「ありがたき幸せ」
ヅォンガは勝ち誇った顔でさっそく地下へ続く階段を降りていく。
様子を見に地下へと降りていったヅォンガを待ったが、なかなか戻ってこなかった。
地下へ続く階段はそれほど深く続いていたのであろうか。
紅炎竜レーウィスも待ちきれなくなってきたようだったので、結局、エーレンフリートを先頭に全員で降りてみることにした。
こんなことならやはり自分が最初に行くべきだったと少し後悔しながら、階段を降り始めると、階段通路はまっすぐ一本道で、まもなく開けた場所に出た。
階層で言えば、地下二、三階分くらいの深さであろうか。
打ちっ放しのコンクリートのような飾り気のない殺風景な部屋だった。
天井は高く、部屋の中央には巨大で半透明な石が台座のようなものに置かれていた。
巨石は清らかで柔らかな白い光を纏っており、それと対比するように室内にはほの暗い淀んだ空気というか瘴気のようなものが満ちていた。
気の遠くなるような年月、密封されていたこともあるのだろうが、どこか籠った匂いと埃っぽさで呼吸がつい浅くなる。
部屋には巨石の他に備品のようなものは何もなく、床には蛍光色の塗料のようなもので魔法陣が描かれ、その床の上にヅォンガが跪いていた。
「捧げ……、捧げ……れた。欺かれ……だ」
ヅォンガがフガフガと鼻を鳴らしながら、何かつぶやいている。
「おい、ヅォンガ説明しろ。こんなところで何している」
エーレンフリートは、ヅォンガに駆け寄り、体を揺すった。
突然、エーレンフリートが頭を押さえて苦しみだし、床に倒れ込んだ。
精悍で整った彼の顔が苦しみで歪み、白目をむいている。
歯をむき出しにし、その表情は狂気と憎しみに満ちていた。
普段の彼の美丈夫然としたたたずまいから考えると信じられない変化だった。
「神の師……デミュ……ゴス。許せない。あの者だけは許せない」
エーレンフリートが普段からは想像もできない甲高い声で叫ぶ。
「クロード様、下では何が? 」
「駄目だ。ユーリアたちは地上に戻るんだ。この部屋は何かおかしい」
クロードは後続の四人を遮るようにして、振り返り指示を出す。
「我らが何をしたというのだ。何がいけなかった。教えてくれぇ」
「いつまで、いつまで我らは……、おおルオネラ様!救いを我らに救いの手を」
ヅォンガとエーレンフリートは何か人でも変わったかのように、目まぐるしく表情を変え、のたうち回り、叫び声をあげた。
室内に満ちた無数の思念のような何かが、クロード自身にも干渉しようとしてはいるが、≪精神防御≫のスキルによって、遮られているのを感じる。
もしこのスキルがなければ、先行した二人と同じようになっていたかもしれない。
それにしても、この身に縋りつかれるような奇妙な感覚はどこかで味わっている。
そうだ。初めてこの世界に来た時に、どうしようもない飢餓と渇望を抱えながら、無数の声のようなものに翻弄されたときに少し似ている。
本当は自分も地上に戻りたかったが、二人をこのままにしておくわけにはいかない。
この部屋にあるのはあの巨石だけだ。
破壊すれば、二人が元に戻るかもしれない。
クロードは、腰に佩いた魔鉄鋼の長剣の柄に手をやりながら、恐る恐る部屋の中央にある磨かれた水晶のような流線型の巨石に近づいた。
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