第122話 半裸青年出現

≪次元回廊≫から出た先は、予定通り魔境域の森とマテラ湖の先、河川の流入と何らかの地殻変動により隆起した岩壁に挟まれた峡谷の手前にある湖畔だった。

湖が傍にあるということは、大昔に火山の噴火か何かがあったのかもしれない。


それにしても見事な岩壁だ。

こうして近くから見上げると、かなりの高さがある。


≪次元回廊≫を閉じて、背後のマテラ湖に近づいてみると、湖面には分厚い氷が張っており、試しに上がってみたが歩いて渡れるぐらいしっかりとしていた。


「寒い、寒い、寒い、寒い、寒い!」


紅炎竜レーウィスが歯をカチカチ鳴らしながら、足踏みしている。

たしかにイシュリーン城の付近と比べると、風を遮るものもなく、渓谷の間から吹き込んでくる風と魔境域側の連峰からの風によって冷気が運ばれてくるからか、気温も低いようだった。


竜人族のドゥーラが今回の探索に参加しなかったのは、クロード不在時の防衛のためもあるが、あまり寒さに強くないという彼自身の申告によるものだった。

竜、しかも炎の竜を自称しているわけだから、寒さに強いとは思えない。


「レーウィス。無理そうだったら戻ってもいいんだぞ」


「何を言うか。これしきの寒さ、問題ない。すぐに慣れる!」


レーウィスはムキになって、寒がるそぶりをやめたが、歯は相変わらず小刻みな衝突音を鳴らし続けている。

どうあっても引き返す気はないらしい。


とりあえず風を避けるためにも、ひとまず岩壁の方へ移動することにした。

岩壁の表面には、種類の違う土砂や鉱石からなる地層が模様を見せており、近付くほどに何か、ただの渓谷ではない雰囲気を醸し出し始めた。

というのも、通常では考えにくいことだがこれらの地層には人工物と思われる物体や、元の世界のコンクリートのような自然界の岩とは違う何かが埋まっている場所が散見されはじめたのだ。


「気をつけろ。何か周囲に複数の匂いがあるぞ」


岩壁沿いに進み、渓谷の入り口にたどり着いたあたりで、オロフが一同に注意を促す。


≪危険予知≫には、まだ何の反応もなかったが、言われてみると確かに、獣のような匂いが、強い風に妨げられながらも微かに感じ取ることができた。


警戒を緩めることなく、渓谷の中に侵入していくと、匂いの発生源は一つ、また一つと増えていき、ついには≪危険察知≫にも反応が出始めた。

どうやら向こうにもこちらの存在を気付かれたようだ。


風を切る音が数回して、荷車を引いていたオーク族の人夫の右肩に矢のようなものが突き刺さった。

オーク族の人夫は、「ブヒッ」と声にならない呻き声を上げて、尻餅をついてしまった。

見ると地面に同じような矢が何本か刺さっている。


オルフィリアは、森の民の言葉とはどうやら少しだけ違う古めかしい響きの言葉で『風の精霊ジルフェよ。吹き荒ぶ風よ。私たちを守って』と囁きかける。

良く分析してみると普段エルフ族や魔境域の多種族が使っている言葉とベースは同じなのだが、発音や抑揚が少し異なり、≪古代言語理解≫で理解しているらしい単語の部分があった。

言うなれば森の民の言葉の古語、精霊と対話するための言語あるいは古エルフ語という感じだろうか。

後で詳しいところをオルフィリアに聞いてみよう。


彼女の傍らに透き通った半裸の青年が現れ、そして一陣の風と共に消えた。


何か意味不明な雄たけびが上がり、先ほどの倍以上の矢音が一斉に鳴った。

しかし、どういうわけか矢は一本もクロードたちのところまで到達することなく、空中で勢いを失い、地面に落ちた。

その数はざっと見ても十数本。


「上だ!敵は岩壁に空いた穴から矢を打ってきているぞ」


クロードは矢が飛んできた方向と≪危険察知≫のスキルにより、敵の居場所を確定させると皆に周知し、自身はその居場所の中の一か所目掛けて跳躍した。


矢を放ってきていたのは、全身毛むくじゃらの猿とも熊ともつかないような顔の生き物だった。身体の大きさは人間の小柄な女性ぐらいの体格なので、それほど大きくはない。胴体にはほかの生き物のものと思われる毛皮を巻き付けており、手には弓、背中には矢筒のようなものを背負っている。手足が長い、猿の仲間のような体型だった。


下から見た時は気が付かなかったがよく見ると渓谷内の岩壁の上方にはところどころ通路のような穴が開いていて、そこから下を見下ろせるようになっていた。


その奇妙な生き物は三匹ほどいたが、急接近を許したことに慌てたのか、弓を捨て、唸る声と共に飛びかかってきた。


クロードは迫る複数の咢に合わせるように、拳でカウンター気味の合わせるような打撃を見舞うと瞬く間に三匹を気絶させた。

オロフから習っていた狼爪拳だ。まだ習い始めたばかりで見た目だけ、真似ている程度なので、ただの自己満足だが、動きが功夫カンフーみたいでかっこいいのが気に入っている。


この技を教えてくれているオロフはというと、鋭い爪と恵まれた身体能力で岩壁を蹴上がると、他の穴を一つ制圧したようだった。


穴から下の様子を見ると、穴から飛び降り襲ってきた個体も五体いたが、レーウィスの大剣とエーレンフリートの細剣により、あっという間に屠られてしまった。


≪危険察知≫で感じ取れる反応からすると、何匹か逃げたようだが、辺りに危険は感じ取れない。


オイゲン老の話にはこうした生き物については何も触れられていなかったが、渓谷の入り口にさしかかったばかりで、このような襲撃を受けるということはこの先も油断ができそうにない。

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