第120話 古代遺跡群

オイゲン老は、給仕のリーンを呼び、飲み物のお代わりを持ってくるように頼むと、自らは「しばしお待ちを」と断りを入れ、席を立ってしまった。


リーンが入れてくれた薬草茶は、闇エルフ族が好んで飲むお茶で、この魔境域でとれる数種の薬草を干して乾燥させたものをお湯で煮て作るのだという。このお茶の入れ方はオイゲン老に教わったらしい。この城に来てから、結構な頻度で飲む機会があるが、微かな苦みがあるものの、後味も爽やかで飲みやすい。


お茶を飲みながら、冒険者に関する話をしていると、オイゲン老が革袋を一つ持って戻って来た。


「お待たせしました。冒険者ギルドの件でしたな。まず、悪くないなどと言いましたが、悪くないどころか名案だと思います。正直、わが国には職業軍人を多人数抱えて置く余裕がありません。しかし、こと戦闘や狩猟などには長けていても平時には力の使いどころがない者が多くおります。こうした者たちの有効利用と生計の確保という意味でも良い案だと思います。そして、自給自足の考えしかない民たちに経済活動の何たるかを啓くきっかけにもなりましょう。運営のための資金や報酬については私に一つ考えがございます。まずはこれをご覧になってください」


オイゲン老は、皆が囲む木製の瀟洒な意匠のテーブルの中心に、持ってきた革袋の中身を出した。


カチャカチャと小気味のいい透きとおった金属音と共に姿を現したのは、一掴みほどの硬貨だった。金、銀、銅、鉄、それに加えて、そのいずれでもない緑がかった銀色の金属の硬貨があった。


クローデン王国で流通している貨幣とは違う。

並べてみると表面に施されている図像の精密さがまるで違う。

クローデン王国の貨幣は、中央にクローデン王国を表す剣をモチーフにした刻印と文字による装飾がなされているが、型の精度による違いなのか均一とはいいがたく個々に多少のばらつきがある。

しかし、オイゲン老が持ってきた硬貨は、元の世界の硬貨と比べても遜色ないほどに精緻で、この世界においては美術品的な価値さえありそうだった。


「美しい」


ユーリアは、緑が微かに混ざったような銀色に近い色合いの硬貨を手に取りうっとりと眺めている。

この緑がかった銀に近い金属は、魔銀ミスリルという希少な自然合金で、豊富な魔力を有しているのだという。

通常は砂金などに混じって、ごくまれに発見される程度のものらしく、この硬貨を作るほどの量を集めるには気の遠くなる年月がかかるそうだ。


硬貨の中央には葉の付いた枝をリング状にして編み込んだ冠をかぶった女性が描かれていて、円周に沿って、「全能なる我らが創造神」と≪古代言語理解≫のスキルで読める文字で書いてあった。


「オイゲン老、この硬貨は一体……」


「これは、どれほど昔なのか想像もできぬほどの太古の貨幣です。若かりしとき、といっても百歳は過ぎていましたが、魔境域の北の果てマテラ渓谷の岩壁にある遺跡群で発見しました。私の力では辿り着くだけでも至難の業で、遺跡の入り口付近をうろうろするので精一杯でしたが、それでもかなりの量の貨幣がそこにはありました」


「オイゲン老にも若い時があったんだ」


リタはいかにも意外そうな様子で呟いた。


オイゲン老は咳ばらいを一つして、リタを睨むと話を続けた。


「ここにあるのは、革袋一つですが、これらと同じような硬貨がその遺跡群には数えきれないほどの大量にあったのを思い出したのです。畏れながらクロード様はその身一つで王になられましたので、財力もなく、ザームエルのように武力に物を言わせ、略奪や徴収を行うことなどできぬお人柄。今は各種族の建国に向かってのある種の熱意と有志によって何とか動いていますが、財政の窮乏や現実的な困難を目の当たりにした時、きっと大きな挫折を味わうことになるでしょう。それを回避するには莫大な財力が必要になります。次元回廊の話を伺った時、思いついたのですが、クロード様ならマテラ渓谷に赴き、そこにある財物の全てを手に入れ、帰還することも可能なのではと。渓谷はこの時期でなければ湖に阻まれ、近付くことができませんが、今の時期ならば湖面は凍り、岩壁にある入口へも徒歩で行くことができます。困難が伴いますが、やってみる価値はあると思います」


なるほど、なぜそのような場所に大量の硬貨があるのかは謎だが、すでにある硬貨を使うのであれば、鋳造などの手間はかからないし、単純に金属としての価値もあるだろう。財源の問題も解消するかもしれない。

確か日本も大昔には、大陸から渡って来た貨幣を使っていたと習った気がする。

流通するところまでいかないまでも、たとえば魔境域外の国々は価値を見出すかもしれないし、そうなれば交易にも使える可能性がある。


古い遺跡群に、未知の硬貨。


自分はあまり冒険心が無い方だと思っていたが、このような話を聞くとこの目で見て、確かめたいという気持ちが少なからず湧き上がってくるのを感じる。


雪かきにも飽きてきたことだし、オイゲン老の進言に従ってみるのも良いのかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る