第118話 各種族取材

≪次元回廊≫により、魔境域を挟んではるか遠く、クローデン王国の首都ブロフォストから帰還して、二週間ほどが経った。


イシュリーン城周辺の降雪量は相変わらず多く、除雪している場所以外は日ごとに雪が積もってちょっとした壁のようになっており、その通路に降り立つとさながら「雪の回廊」のようであった。

雪の回廊は人々の生活道路であり、城の見張り塔から見下ろすと、城を中心に放射線状に広がっており、その線が互いに路地のような短い通路でつながる様は巨大な蜘蛛の巣のようにも見えた。

最初の頃は、新鮮に感じていた日々の除雪もさすがに飽きて、自ら志願して雪かきをする回数は日増しに減っていったが、王としての政務以外は、オロフたちとの戦闘訓練、城下の視察ぐらいしかやることが無かったので、気晴らし程度には雪かきに参加していた。


オルフィリアは、魔境域の人々の暮らしがとても興味深いようで様々な種族の元を訪れては、その暮らしぶり、住居、食事、文化などを事細かに取材して、紙に書き込んでいた。彼女の好奇心旺盛なところはどうやら住処の森を飛び出し、世界中を冒険して歩いているという彼女の父親譲りかもしれないとクロードは思った。


「これをいつかまとめて本にしたら、互いを理解するのに役に立つし、誤解からくる争いも減るでしょ。魔境域外の人々は、私もそうだったけど、この場所に住んでいるというだけでそれぞれの種族と魔物の区別もついていないことが多いわ」


確かに、人族の外見から遠ざかるほどに魔物に間違われることは多くなるだろう。彼らには申し訳ないが、オーク族や狼頭族のように頭部が他の生き物を連想してしまう姿形をしている場合は、言葉も通じなければ、遭遇した時点で、無知ゆえの敵対行動をとってしまう可能性は十分にあった。



「各種族の取材が終わったら、オルフィリアはどうするつもりなんだ。もし望むなら、ブロフォストまで≪次元回廊≫で送っていくことも可能だけど」


一瞬の沈黙が流れる。


「クロードはどうしてほしいの? ここに一緒にいたら邪魔かしら」


クロードの問いかけに、オルフィリアは少し戸惑った様子で問い返してきた。


自分としては、彼女が望むのならばずっとそばにいて欲しいと思っていた。

ガルツヴァでの別離の後、この魔境域に一人取り残され、何度も彼女の顔を思い浮かべた。これが恋愛感情によるものなのか、それともこの世界で初めて会った信頼できる存在だったことに起因するのかは、自分としては分からなかったが、明るく前向きな彼女と一緒にいると、異世界に放り込まれたことによる孤独と心細さのようなものが和らぐ気がしていた。


「傍にいて欲しい」


こうして言葉にして口に出すと妙に恥ずかしい。なぜか彼女の顔を見ることができない。


「じゃあ問題ないわね。私は最初からクロードに付いていくつもりだったし、実は最近、クロードと出会った日からの出来事を思い出して、伝記として残しておこうかと思い始めていたの。クロード、王様になっちゃったから昔の王様と名前かぶりになるけど、『新クロード王の冒険譚』ってところかしら。それに、この魔境域で父の行方を知っているかもしれない古代エルフ族のエルヴィーラを探したいし、ここに残る理由はいくらでもあるわ」


気恥ずかしさを押しのけて、ようやく見ることができたオルフィリアの顔はいつもと変わらず明るく、その澄んだ青い瞳には強い意志のようなものが宿って見えた。



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