第110話 摩訶不思議

今までの≪恩寵レベルアップ≫により高められた常識を超えた膂力が、高速度の斬撃を生み、その勢いに「切断」あるいは「鋭利」の心像を込めた魔力の威力が乗る。


クロードが放った一撃は≪虚無の鎖≫を断ち、さらにその先の空間までも切り裂いたようだった。斬撃波が通った辺りの空間には、先ほどクロードが通って来た次元の亀裂のようなものが少しできてしまっていた。

上手く加減できなかったので、必要以上の火力が出てしまったようだ。

斬る位置がもう少し下だったら、エンテも危なかったかもしれない。


断ち切られた≪虚無の鎖≫は、その形を保っておくことができず、四散した。

同時に、どこか遠く、少なくともこの閉鎖空間とは違うどこかで、男の絶叫が聞こえた気がした。


「肝を冷やしたが、何とか縛から逃れることができた」


≪虚無の鎖≫から解き放たれた森の精霊王エンテは、力なく漂いながらクロードの目の前にやってきた。微かな薄緑の光を帯びた半透明の裸身が、消えかけの電灯のように明滅している。


「そなた、クロードというのか。おお、ガイアとは。これはとんだご無礼を」


エンテは、突如、態度を変えて、慌てて平伏する。


名乗ってもいないのに名前を言い当てたあたり、リタの≪鑑定≫のようなスキルを持っているのだろうか。

≪ガイア≫という部分も読み取っているようだ。


「受肉しているようですが、この世界よりはるか高位、高次元の存在とお見受けいたします。改めまして、わらわは、森の精霊王エンテ。消滅の危機を救っていただき、このご恩、矮小なるわらわの存在の全てをかけてお返しいたしとうございます」


「いや、そういうのはやめてくれ。それに時間が無いのだろう」


「はい、恐らく≪虚無の鎖≫の消滅で、相手も手傷を負ったようですが、わらわの解放にも気付いたと思われます。この場は急ぎ立ち退くのがよろしいかと」


森の精霊王ほどの存在を閉じ込めた人物についても興味はあるが、ここはエンテの言う通り、脱出するのが先だ。


「エンテ、ここに来た時のように次元の亀裂から帰るのか? 」


「これは異なことを、主様が≪次元回廊≫をお持ちではないですか。それにわらわは力のほとんどを消耗しているので、同じような次元の裂け目を開けるとなると回復するのにしばらくの時が必要です」


いつの間にか、呼称が「主様」になっている。

それにEXスキルまで把握しているということは、リタの≪鑑定≫より上位の能力なのかもしれない。


「持ってはいるらしいんだが、使い方がわからない」


エンテは、一瞬、何を言っているかわからないという表情をしたが、頭を左右に二度三度振ると、「本当に主様は、宝の持ち腐れを人の形に具現化したようなお方だ」と呟くと、気を取り直したかのように説明してくれた。


「よろしいか。回廊というからには入口と出口があります。この二つの設定がなされなければ、スキル名を叫ぼうが、念じようが使うことは出来ませぬ」


イシュリーン城の自室で、あれこれ試していたことを思い出し、赤面してしまった。

入口と出口の設定などまるで頭になかった。


≪次元回廊≫を使うためには、入口と出口の具体的な把握とイメージが必要で、≪千里眼≫などのスキルを所持していなければ、目に見える範囲しか移動できないらしい。


「目に見える範囲しか移動できないのであれば、この空間から出られないんじゃないか」


どのような仕組みになっているのか、この空間は、どこまでも景色が変わることなく無限に続いているようで、一見途切れ目が無いように思える。

エンテによれば、ここは次元と次元の狭間の一部を何らかの方法で、切り取ったような空間なので、果てはあるのだというが、試している時間はなさそうだ。


「そう、主様一人であれば、そうでございましょう。ですから、わらわが≪目≫になりまする。無礼なれど、しばし、御身に宿ることをお許しくだされ」


どの道、このままでは戻れないので了承する。

拒絶する意思があると、試みが失敗するそうなので、素直に言うことを聞く。


エンテは、クロードの身体に自らを重ねると、吸い込まれるように消えていった。


『今から主様の視野と繋がりまする。どうでしょうか、外の世界が見えませぬか』


耳からではなく、心の内側にエンテの声が響く。

そして、徐々に視覚が拡張されていく。


目による情報の取得以外に、一枚の立体感のある地図のようなヴィジョンが脳裏に浮かぶ。

あの森林の形と山の形状からすると、あの建物はイシュリーン城だ。

山脈を挟んで反対側にあるのは、クローデン王国の王都ブロフォストだろう。


「この後、どうすればいいんだ」


『今の魔力量であれば、このヴィジョンの範囲内しか回廊を繋げられませんが、できれば一度、魔境域外に出口を設定してくださいませぬか。この弱った身では魔境域に満ちているルオネラの汚れた神気が堪えまする』


なるほど、魔境域外となるとオルフィリアたちの安否も気にかかるし、王都ブロフォストが良いだろうか。


王都の中にいきなり出現しては大騒ぎになる可能性もあったので、近郊の開けた場所に出口をイメージする。入口は目の前でいいだろう。

そして≪次元回廊≫のスキルを使うという確定的な意思を持って、「開け、次元回廊」と唱えた。


体験したことのない摩訶不思議な感覚だった。


一枚の地図の上の離れた場所に、点を二つ書き、その点と点を結ぶ線を書く。

その点二つの位置が重なり合う様に地図を折る。

そして重なった点に千枚通しのようなもので穴を開ける。

現実世界のもので例えるとこれに近いであろうか。


自分の少ない語彙で説明するとそんな感じにしか例えようがないが、脳内に浮かんだヴィジョン上の王都近郊の出口予定地点と目の前にある入口予定地点が一つの穴として交わるような奇妙な感覚。


そして目の前に縦長長方形の開口部が現れる。

開口部からのぞく光景は、エンテが出現させた次元の亀裂に似て、怪しい光と闇を湛え、混沌としている。


どうやら≪次元回廊≫の生成には、大量の魔力を必要とするようで、クロードは自身の魔力塊のおよそ半分近くをごっそり持っていかれたような喪失感と脱力感を感じながら、出現した次元回廊の入り口に足を踏み入れた。

 

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