第109話 魔力具現化

女性が語り掛けてくる言語は、少し古めかしい響きがあったが、確かに「森の民の言葉」のようだった。スキルによる言語理解なので、厳密なことは分からないが、魔境域の民が使う言葉に古語が入り混じっている感じだろうか。


「そことはどこのことですか。この空間の歪みのようなものは一体? 」


『それは、そなたのいる次元に開けた穴だ。わらわがいる、この次元の狭間に作られた部屋につながっている。まずはその穴から、こちらに来てくれぬか』


次元に開けた穴。

その穴から、声の主がいる場所に行くことができるらしい。

この間得たというスキルと何か関係があるのだろうか。

使い方がわからなくて放置していた≪次元回廊≫、≪異次元干渉≫にも次元という単語が入っていた。


『早く、時間がない』


どうやら、声の主はとても焦っているようだ。

この得体のしれない次元の穴に入るという行為には不安を覚えるが、≪危険察知≫でも、悪意や敵意のようなものは感じなかったので、求めにお応じてみることにした。

クロードは傍らにかけていた魔鉄鋼の長剣を手に取り、怪しげな光を帯びた次元の穴に飛び込んだ。



飛び込んだ先は、床も壁も天井もない奇妙な空間だった。

例えるならば星々の無い宇宙空間といった感じだが、光源のようなものがあるのか、自分の体ははっきりと視認できた。

重力のようなものも存在しないのか、体が宙に浮いている。

手足を使わなくても頭の中で念じるだけで移動が可能だった。

振り返ってみると先ほど開いていた次元の穴はもうすでに塞がってしまっている。


「よくぞ、わらわの呼び掛けに応えてくれた。感謝するぞ」


声がする方向を向くと、両手を黒みがかった縄状のエネルギーとしか言いようのない物に縛られ、宙づりにされた半透明の女性がいた。

女性は裸で、その長い髪はところどころ木々の葉を思わせる形を具象していた。


わらわはエンテ 、かつて森の精霊王と呼ばれていた存在であった。だが、今はこの通り、ただの虜囚だ。来てもらったばかりですまぬが、まずはこの両手を縛っている≪虚無の鎖≫を断ち切ってくれぬか。このままでは魔力を吸い尽くされて、存在そのものを保っていられなくなってしまう。次元の穴を開けるのに、残された力のほとんどを使い果たしてしまった」


森の精霊王。

たしかオイゲン老の話に出てきたイシュリーン城と闇エルフ族が暮らす森を守っていたという話だった。


何はともあれ敵意は無いようであるし、助けられるかやってみることにした。


クロードは魔鉄鋼の剣を抜き、エンテの両手を縛っている上のあたりに剣を振るう。

しかし、剣は弾かれ、≪虚無の鎖≫と呼ばれるエネルギー状の縄を断ち切ることは出来なかった。


「それほどの強大な魔力をその身に秘めながら、それを使わぬのは何故か」


森の精霊王エンテの言っている意味がわからなかったので、詳しく説明を求めた。

エンテは、クロードが魔道士ではないことに驚き呆れた様子だったが、辛うじて魔力塊の魔力操作がある程度できることを知ると、≪虚無の鎖≫を切断する方法を教えてくれた。


魔力塊から切り離した魔力に「風」あるいは「かまいたち現象」のようなものをイメージして飛ばしてみる。

しかし、飛ばした魔力は手を離れるとすぐに形を保つことができずに消えてしまう。


「違う、それではだめだ。具象化するには心像の保持力が弱すぎる。もっと具体的に、まるでその場にあるかのような、他者に誤認させるほどの強い思念を込めなければ、魔道の技にならぬ。我ら精霊はその魔力の形質をある程度、固定させられて生み出されるが、そなたら人は無色ともいえる魔力を有するので、その思念と技術により様々な性質を付与できるはずなのだ」


魔力に「真空の刃」などのイメージで具現化し飛ばすことができれば良かったのだが、魔力操作の未熟さゆえか、体から離れすぎてしまうと魔力自体の形を保つことができず消散させてしまう。


この魔道本来の方法は不可能だと判断したのか、エンテは別の方法を考え、教えてくれた。


その方法とは剣に魔力を纏うことだった。

体内の魔力塊から引き出した魔力で剣全体を覆い、その魔力に強いイメージを付与し、具現化する。

これは、身の内にある魔力塊から離れるほどに形質の保持が難しくなるので、魔力操作の未熟なクロードのための技術的難易度を下げた苦肉の策のようだ。


本来であれば、真空の刃を魔道の技として打ち出した方が、魔道士あるいは常人が剣に魔力を纏って振るうより、威力がでるということだが、できないものはできないのだから仕方がない。


エンテが教えてくれた通りできるかわからなかったが、目を閉じ、魔力塊に意識を集中する。引き出した魔力を循環の流れに逆らわず、腕に通し、手から剣の先へ。

剣を魔力で覆う段階まではできた。

問題はここからだ。

鋭利な刃のイメージをどうやって魔力に付与するのか。


「真空の刃」を思い浮かべてみるがいまいちだった。

真空というのがいまいち具体性にかける。

「風の刃」や「真空」では駄目だ。


ザームエルの剣で受けた傷に張り付いていた毒の魔力の感じを思い出してみる。

魔力でありながら物質的な特性を有していた。

バル・タザルの雷も、オイゲン老の青い炎もそうだった。

この世界における魔法は、呪文を唱えたり、誰かが作った魔法を覚えて使うというものではないようだとは感じていた。

魔力は地水火風のような自然由来以外の様々な形質にも変換可能で、その変換の源になるのは実感を伴った想像力に他ならないのではないのだろうか。


侍。居合。斬鉄。アニメや映画で架空の人物が見せる超常現象のような切断。

だめだ。弱い。

もっと具体的に。


幼少時の包丁で手を切った時の痛み。ザームエルに負傷させられた時、わき腹を削いだ刃の硬さ。ゴルツの両腕を切断した時の不快な感触。あとは魔鉄鋼の長剣を振るった時の空気と肉塊を裂いた手ごたえを感じないほどの凄まじい切れ味。思いつく限り、リアルに思い浮かべる。

その時、魔力塊を中継して剣を覆う魔力と脳が連結したような感覚があった。


剣が纏う魔力の質が変化しはじめたことを感じる。

研ぎ澄まされた日本刀のような冴えと鋭さ。全てを切断できるという確信的イメージ。

それが剣を覆う魔力に伝えた心像。


「そうだ。良いぞ。それを保ったまま、≪虚無の鎖≫を切るのだ」


言われるがまま、先ほど弾かれたあたりを狙って、横なぎの一撃を振るう。

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