第108話 古城怪異変
連日のように雪が降り続いている。
魔境域の中央に位置する連峰から吹き降ろす風が一層吹き溜まりを作り、雪を運んでくるので、城と岩山を結ぶ道もすっかり閉ざされてしまった。
今年は例年に比べると降雪の時期が早く、雪の量も多いのだという。
オーク族たちは地面に掘った穴倉のような住居の上に小屋のようなものを建てて、穴が埋まるのを防いでいるが、雪の重みで小屋が潰れるのを防ぐために、朝から雪降ろしと周辺の雪かきに大忙しだった。
他の種族たちもそれぞれの住処で雪と格闘することになり、イシュリーン城にいる者たちも例外ではなかった。
オイゲン老や魔道士としての力を有する者たちは、その魔力から炎や熱を作り出すことができるので、城の出入口や主要な通路の雪を手分けして溶かし、城内の活動に支障をきたさぬようにしてくれていたが、その他の部分は人力による除雪である。
クロードはこれだけ大掛かりな除雪をするという体験があまりなかったので、配下の者たちに止められはしたが、我を通し、雪かきを満喫した。
それにしてもこれだけの雪が冬の間、降り続くのだとすれば確かに大がかりな襲撃や戦などは起きそうにない。軍勢を移動させるだけでも一苦労であろうし、その行軍の速度は著しく低下するに違いない。
クロードは雪かきでかいた汗を布で拭い、着替えを済ませると、執務机に座り、オイゲン老から上がってきた決済を求める書類に目を通しはじめた。
各種族からなる軍の組織体制案、イシュリーン城周辺の区画整理及び再開発案、農地開発案、魔境域内の土地の各種族への所領配分案などが上がってきていた。
やはり組織の力というのは凄いものだ。
自分一人でやれることには限りがあるが、こうしてたくさんの人の力を束ねることで思い描いたことが次々と形になっていく。
本当は皆の力を借りることができれば、元の世界への帰還についても弾みがつくかもしれないが、おそらく理解は得られないであろう。
元の世界と言えば、向こうは今、何月になったのだろう。
こちらの世界はすっかり冬の様相を表しているが、時間の流れが同じなのだと仮定すると、年末に近づいたあたりといったところか。
どちらにせよ、確かめる術はなく、帰る方法も見つかってはいない。
『だ…………そ…………いる…………』
保留にした案件以外の決済を終え、ひと段落着いたので飲み物をとろうと立ち上がった時のことであった。
何か人の声のようなものが聞こえた気がした。
扉の外の衛兵か、あるいは城の外で吹き荒ぶ風の音を人の声に聞き間違えたのか。
『い……のな…………返事……………………い』
間違いない。
確かに人の声のようなものが聞こえる。
か細く、雑音混じりで確かなことは言えないが、おそらく女性の声だ。
五感強化のスキルで、どんなに耳を澄ましても、これ以上は聞き取れないが、他の音はより高い精度で広い範囲のものを聞き取れたので、この声は耳ではなく、直接脳内に語り掛けてきているらしいことが分かった。
イシュリーン城は古く、年季が入っているので、正直言って幽霊が出てもおかしくないような雰囲気がある。夜の城内は、子供の頃であったならば、怖くてとても一人で出歩くことができなかったであろう。
元の世界にいた時は、幽霊の存在など信じていなかったが、こちらの世界では死霊や動く屍なども存在するそうなので、端から否定することは出来ない。
「誰かいるのか? 」
クロードは声に出して尋ねてみた。
次の瞬間、空間が歪み、寝台がある辺りの景色に亀裂が入った。
大人一人がようやく、すり抜けることができるくらいの縦に入った歪な亀裂は、不思議な光を湛えており、亀裂の向こう側の本来そこにあるはずの景色は回り込まなければ見ることができなかった。
『呼びかけに応えし者よ。頼む。ここから、
亀裂の向こうから、今度は確かに女性の声がした。
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