第107話 周辺地視察
テーオドーアたちが岩山の里に帰ってから数日後、
降雪量は、それほど多くはないが、これが何日か続けば岩山の里との往来は難しくなるという話だった。現時点では革の長靴の足首までが埋まるくらいの深さで、歩くたびに新雪が踏み固まる音が小気味良かった。
クロードは、エーレンフリートとユーリア、そして彼女が飼っている白い狼を連れ、イシュリーン城周辺の森の視察に訪れていた。具体的な地理を、実際に歩いて確認したかったこととは別に、もう一つ目的があった。
この森は通常の森とは異なり、植物の生育が異常に早く、冬場にも雪を突き破って頭を出す野草や植物がたくさんあるというユーリアの話を自分の目で確かめてみたかったのだ。
「クロード様、来てください。ほら、こんなに蒼雀草が。とても綺麗ですよ」
ユーリアに呼ばれて、指さす方向を見てみると、雪が積もった白い斜面に青い花のような葉を持った野草がところどころに顔を出している。
蒼雀草は、発熱や湿疹、腫物に効く薬草であると同時に、獣肉と一緒に炒めてもおいしいらしい。
しかも、一度採取しても翌朝には再び生えてくる生命力の強さで、冬の貴重な食料の一つだという話だ。
他にも様々な植物が冬であるとは思えないほどに、果実をつけたり花を咲かせたりと、想像していた以上に常識とはかけ離れた植生だった。
この森の木々がいびつで、形がねじくれていることや異常な速度で森が広がり続けていることとも何か関係があるのかもしれない。
見た目は歪でねじくれだった木々の不気味な森だが、これだけ身近に食べ物が手に入る環境であれば、農業が発展しないのも納得だった。
魔物や危険な肉食獣との遭遇もある程度予想していたが、この辺り一帯は各種族による狩りが日々行われているため、それを恐れて人里には近寄らないのだという。
個体数も適度に間引かれて、多くないのかもしれない。
視察の間にエーレンフリートとユーリアが丸角兎というらしい小動物を得意の弓で射抜き、何匹か捕まえていた。城の者たちへの土産にするつもりらしい。
森の視察を終え、帰りには「ザームエルの人間牧場」があった場所に立ち寄った。
牛舎ならぬ人舎であった建物に入ると、室内には布とロープで作った間仕切りが設けられ、個室のようになっていた。
だが仕切りができたとはいえ、人族の自立を促す意味では良い環境とは言えない気がする。
春になり、雪が解けたら、民家を建て、集落を作るのもいいかもしれない。
オイゲン老の報告ではクローデン王国の男爵の三男で、騎士見習いだったという男を人族の世話役に任命したという話だったので、会いに来たのだ。
捕まったのが成人になってからということもあり、人族の社会や習俗に対する知識や常識がまだ色濃く残されていたことから、人族の尊厳を取り戻していく過程において世話役にふさわしかろうというのがオイゲン老の考えだった。
ただ、一度にすべて人族に委ねることは不可能だと思われたので、オーク族が食料の管理と彼らの警備護衛を引き続き行うことになり、闇エルフ族がその他の自立に向けた教化を担っていた。
エーレンフリートが「世話役の者はいるか」と声をかけると、クロードより少し年上ぐらいの若い男が慌てて駆け寄り、平伏した。
「世話役を任せていただけることになりましたハンスと申します」
ハンスと名乗った男は顔も上げず、ひたすら畏まった様子で自己紹介した。
「顔を上げてくれ」
クロードの言葉にようやく顔を上げる。
ここでの暮らしの影響か目には光がなく、顔は無表情だった。
ハンスは所属していた騎士団の≪魔の森≫調査に同行した際に、魔物の襲撃に遭い、森の中に逃げ込んだが、ザームエル配下のオーク族につかまり、家畜人間の身に堕とされたのだという。
ハンスのように、拉致されてきてからの日が比較的浅い者は、それぞれの人舎のリーダーや人族の習俗を取り戻すための教育係に就いているらしく、クロードは彼らとも直接会って話をしてみた。
だが、共通していたのは、どこか怯えたような仕草と光を失った瞳だった。彼らの心の闇は深く、かつての状態に戻るにはかなりの年月がかかりそうだ。
クロードは五つある旧人舎を巡り、待遇の改善と人間の尊厳を取り戻させるためにオイゲン老が指示してくれたらしい細やかな仕事の数々を自分の目で確認した後、イシュリーン城に戻った。
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