第106話 不完全燃焼

いつ来るかわからないが、必ず来るであろう敵の襲撃に備えておくことの必要性が高いことは、クロードにもわかっていた。

オイゲン老に相談すると、先日の魔将マヌード来訪時の反省から、すでに警備の強化を指示したとのことだった。通常の防備に加え、夜魔族による魔力的なものに対する警備と猫尾族による森の巡回などを追加したのだという。


あいかわらず仕事が早い。

自分如きが気付くようなことは、先回りして手を打ってくれている。

クロードは、この優秀すぎる老宰相が人材としていてくれることを心から天に感謝したい気持ちになった。


城の備えが万全であれば、次に考えるべきことは自身の能力向上だ。


リタの話にでてくる大魔司教と魔将、それに九人の使徒。

その全員が≪異界渡り≫なのだとすると、数の上でも圧倒的に不利だ。

世界各地でそれぞれが単独行動をとっているということなので、総力戦になる可能性は低いかもしれないが、絶対にないとは言えない。


クロードは城の外にある修練場で運動不足解消を兼ねて、オロフやドゥーラと稽古をすることにした。


アルバンから馬術を習った時のように、努力すればスキルを習得できるのは分かっていたし、野盗を撃退したときに命を奪わなくても一定の経験がありさえすれば、恩寵が発生することは確認済みだ。

リタは「効率が悪い」と頬を膨らませたが、オロフやドゥーラは喜んで稽古相手を買って出てくれた。


狼頭族のオロフには格闘術を、竜人族のドゥーラには剣術の指南をそれぞれ頼んだ。

狼頭族に伝わる格闘術は狼爪拳というらしく、三法十八系で三百近い技があるのだという。オロフはその型を自ら実演して見せてくれて、実際にどのような使い方をするのか実戦を交えて教えてくれた。

鋭い咢や尻尾がないと使えない技もあったが、それらを除外しても、体の使い方など新たな発見があり、何より楽しかった。

武術特有のかっこいい動きができるようになると思うと興奮するし、無心になって体を動かしていると気分が晴れてくるのを感じられた。


竜人族のドゥーラには、今まで自己流で振るってきた長剣の動きの駄目なところを修正してもらうとともに、竜人族に伝わる剣術の基本部分を指導してもらった。

竜人族の剣術は、小手先の技に頼るのではなく、彼ら特有の身体的強さを生かした、言わば「剛の剣」だった。速く、直線的で、自らが持つ膂力を無駄なく剣に伝える技術だった。


これら技術的指導の後は、二人が音を上げるまで実戦訓練をした。


「クロード様、降参です。前に戦った時と比べても、格段に強くなっておられる。もはや底が見えません」


「ドゥーラ殿に同感だ。対峙してみると全く別人になってしまわれたかのような、さらなる圧力と凄みを感じる」


オロフとドゥーラによれば、前に戦った時と比べると、はっきりとわかる変化を感じるらしい。マヌード戦後の恩寵で種族が変わってしまったことによるものか、単純に能力値の差が開いてしまったことによるものなのかはわからなかったが、前者の原因だとすると少しショックだ。


だが、こうして二人の達人を相手に稽古してみても恩寵は発生しなかったので、やはり地道な努力を続けるしかないようだ。

まだ体力的には余裕があったし、不完全燃焼な感じもあったが二人の消耗具合をみて今日は終わりにすることにした。

オロフとドゥーラにはそれぞれの技術の師として、今後も協力してほしいと頼んだ。

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