第104話 無責任君主
擦った揉んだした挙句、リタにも秘書官として、ユーリアと仕事の分野を手分けして 手伝ってもらうことにした。
旧ザームエル配下では一応幹部という扱いだったらしいので、リタには人族の族長代理やオイゲン老の下で宰相補佐を担うよう打診したのだが、ことごとく断られていたのだ。
ただ、ユーリアとは性格的に合わないらしく、ことあるごとに衝突しそうになるので、得意な分野に応じてなるべく違う仕事を与えるという気遣いをする必要が生じてしまった。リタは魔将や大魔司教など敵対勢力の事情に明るいので対外的な案件、ユーリアは内政や人事にかかわる案件と担当する分野を決めた。
そして、リタとユーリアには四階の空き部屋を「秘書室」として、一つずつ与え、なるべく顔を合わせる機会が減るように工夫した。
ミッドランド連合王国の王としての仕事も当然手を抜くわけにはいかないが、元の世界に戻る方法を探すという面では、リタが秘書官として近くにいるのは考えようによっては都合が良かった。
その手の話をするときにはリタの秘書室を尋ねればいいし、そういう機会を持てば寝室に押し入られることもなくなるだろう。
クロードはユーリアにオイゲン老と農地拡大の場所とその作物の選定を詰めておくように頼み、リタの秘書室を訪れることにした。
「リタ。あれから、元の世界に戻る方法について考えてみたんだけど、やはりルオネラに会って直に頼むしかないと思うんだ。これって可能かな」
「呆れた。まだ、元の世界に戻るのあきらめてなかったの? 」
「異世界間で生物のトレードができるのは、神様だけなんだろう。ルオネラなら、俺がいた世界の神様にかけあって、戻すようにお願いできるんじゃないのかな」
リタは座っていた椅子から立ち上がり、水差しに入っていた液体をふたつの陶器製の杯に注ぐと、片方をクロードに渡した。
口をつけてみると、何かベリーのような酸味のある果汁を水で割ったもののようだ。
ノトンの町やブロフォストで飲んだワクラム水のように果汁を水で割って飲む文化がこの世界にはあるようだが、さっぱりしていて、結構うまい。
この果実なんかも特産品にできるんじゃないだろうか。
「あのね、クロード。仮に、ルオネラにその力があるとして、トレードするということは、あなたの故郷の世界の人をあなたの代わりにまた連れてくることになるのよ。あなたにどういうレートが適用されるかわからないけど、下手したらこちらの世界の住人を追加の供物でたくさん捧げなければならないかもしれないし、そうまでして戻りたい? 」
盲点だった。ルオネラがこちらに俺を連れてきたのであれば、会うことさえできれば、説得し、同様の手段で返してもらえると思っていたが、自分とはかかわりのない多くの他者に犠牲を強いることになるかもしれないことまでは考えが及んでいなかった。
我ながら名案だと思っていたので、目の前が暗転するような思いがした。
「クロードはもう皆の王様になったんだよ。それを置いて元の世界に帰ったりするのは無責任じゃないかな。それに元の世界に戻って、何があるの? ここで暮らすより本当に幸せだって、言い切れる? 」
リタの問いかけに真剣に悩んでしまった。
無責任という言葉も心に刺さる。
建国したばかりで、もう投げ出すときのことを考えているのは事実なので何も反論できない。
こちらの世界にも知り合いと呼べる人間が増えてきてはいる。王として認め、協力してくれる仲間もできた。
だが、元の世界にも、安否を心配してくれているであろう両親や友人たちがいる。
どちらが大事とはっきり優劣をつけることができなくなってきているのも事実だ。
元の世界に戻って、何かしたいのかと言われれば正直、答えに困ってしまう。
俺は、どこにでもいる普通の大学生だった。
何か特別な夢があったわけでもない。
大学を卒業したら、どこかの会社に就職して、かわいい嫁さんを見つける。
その後は年老いた両親の面倒を見ながら、定年まで勤めあげ、孫とかに囲まれて幸せな生涯をおくれたらいいなと漠然とした希望を抱いていた程度だ。
平凡で良い。
大好きなゲームもしたいし、テレビや映画、音楽だって、この世界にある娯楽とは比べ物にならない。料理の味付けだって多種多様で、街中にふらっと出て行けば色々な国の料理が選びたい放題だ。
ガス、水道、電気などのインフラや交通機関だって整っている。
徒歩で長距離移動する必要などないのだ。
そして何より、自らの手で、他の生命を奪うような行為をすることなく平和に生きていける。
これ以上の幸せがあるだろうか。
だけど何でだろう。
記憶の喪失が影響しているのかもしれないが、この世界に来た最初のころより、「帰りたい」という気持ちが弱くなった気がする。
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