第94話 人間牧場
元の世界の価値観では到底受け入れがたい光景が目の前に広がっていた。
豚のような顔をしたオーク族の兵士が、首輪をつけられた人間たちに餌を食べさせている。
人間たちは牛舎の中の牛のように、木の柵の中で首輪を鎖に繋がれ、自分の目の前にある石で作られた餌置き場に配給されるのをただじっと大人しく待っている。
彼らの寝床であるらしい部分には藁のようなものが敷き詰められており、飲み水をいれるための木桶が柵にかけられていた。
しばらく様子を見ていると数人の人間たちが、柵の中からオーク族の兵士に向かって文句を言い始めた。
「おい、今日は随分と量が少ないじゃないか」
「こんなんじゃ足りない。もっとくれ」
この世界の人族が使う言葉だった。
どうやら、意思の疎通ができる者が何人かはいるらしい。
オーク族の兵士は言葉がわからないのか、首をかしげると配給用の大きなスプーンのような道具を地面にたたきつけ吠えている。
「竜族の我が見ても、あまり気分のいい場所ではないな」
紅炎竜レーウィスはため息をつきながら、吐き捨てた。
誇り高い竜族からすれば、家畜人間たちの姿はさぞ醜く映っていることだろう。
『彼らはなぜ騒いでいるんだ』
クロードはオーク族が使っている言葉で、配給係のオークに声をかけた。
『なぜって、そりゃたぶん餌の量が減ったからじゃないか。ザームエルが死んだらしいから、ヅォンガ様から、とりあえず様子見で、死なない程度に餌の量を減らせって言われているんだ。こいつらは俺たちオーク族が養っているのに文句ばかり言いやがる。って、あんたオーク語うまいな』
配給係のオークは言葉が通じることがわかったせいか、とても愛想が良くなった。
竜人族のドゥーラが傍らにいることもあり、聞かれたことをすべて答えてくれた。
オーク族から見れば、自分も家畜人間も見分けがつかないはずなので、一人でここを訪れていたら、一悶着あったかもしれなかった。
ザームエルの家畜人間牧場には、五百人近くの人族が飼育されている。
森を切り開いて作った広い敷地に五つの人舎を建て、男と女子供に区分けして飼育しているようだ。繁殖の効率を考えて、男は五十歳、女は四十歳になると供物として「出荷」されてしまうため、平均年齢は低い。
家畜人間に与える餌はオーク族が餌用に栽培している穀物なのだという。
もちろんこの穀物は餌用なのでオーク族は食べない。
オーク族には農業という概念がなかったそうだが、ザームエルの命令で、無理矢理農地を作らさせられたという話だった。
農作業は家畜人間たちの健康管理を兼ねて、彼ら自身にやらせるがその生育管理や貯蔵管理、配給などはオーク族に無報酬で押し付けられていて、やらなくていいのならば、今すぐにでもやめたいのが本音なのだという。
五百人の食料を一年分賄うことができる農地があることは朗報だったが、これから先、どうするのか難問がまた増えてしまった。
「ザームエルはもういない。あなた方は今日から自由だ。この場所から解放しようと思っている。これからどうしたいか希望があれば聞くが」
クロードはさきほど文句を言っていた男たちに話しかけてみた。
「なんだと、ザームエル様がいなくなったと言ったのか。なんてことをしてくれたんだ。貴様が殺したのか」
男はクロードの方にすごい剣幕で近づいて来た。
他の家畜人間たちも立上り、一触即発の空気になった。
「俺たちは解放など望んでいない」
「余計なことをしてくれたな。責任をとれ」
「解放だと。森で野垂れ死にしろというのか」
家畜人間たちは歯をむき出しにし、怒りの声を上げ始めた。
彼らは解放を望んでいなかったのか。
この牢獄のような環境を受け入れることなど、自分ならできない。
なぜ怒りが自分に向けられているのか理解できない。
「まさしく、『家畜人間』というわけだな」
レーウィスは酷く軽蔑した様子で呟いた。
騒ぎは他の房にも伝播していき、建物内が怒号と非難の声で溢れた。
「貴様ら、何を騒いでおるか!」
大声を上げて、小走りでやってきた人物はヅォンガだった。
「クロード様、冷たいではありませんか。視察にでるなら、どうしてわしに一声かけてくださらんのですか」
見るとヅォンガは顔中汗まみれで、肩で息を切らしている。
どうやら必死で追いかけてきたらしい。
家畜人間たちはヅォンガの姿を見ると徐々に静かになり、すがるような顔で彼に注目している。
家畜人間たちからすれば、支配者ザームエルの代理人というべき存在なのかもしれない。
「いいかよく聞け。ザームエルはもはやお前たちの飼い主ではない。お前たち家畜人間の新たなる主は、こちらに居られるクロード王だ。クロード王はお前たちに今よりも素晴らしい待遇をきっとお与えくださる。クロード王の命令は絶対である。わかったな。わかったら、その場で跪け。お前たちは今日からクロード王の所有物だ。異を唱える者は斬る」
ヅォンガの大音声の宣言に、家畜人間たちは跪き、「クロード王様、お慈悲を」と口々に唱え始めた。
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