第95話 脱家畜化

ヅォンガと合流したクロードは、家畜人間の餌用に運営しているという農地と収穫した穀物を保管しているという貯蔵庫を見て回り、城の自室へ戻った。


ヅォンガには、しばらくの間、家畜人間たちの保護を指示し、その上で鎖と首輪は使わないように付け加えた。

そして、後日、家畜人間の中で、牧場生まれではない者を調べて連れてくるように命じた。

「お願い」ではない。「命令」したのだ。


クロードが下した命令をヅォンガは、質問を返すことなく「御意」と素直に従った。


ヅォンガと家畜人間のやり取りをみていて再確認できたことだが、やはり元の世界と仕組みが大きく違う。


力を持つ者が、持たざる者を支配する。

力というものは、文化水準に寄り、様々な形をとり、ある時は宗教への信仰だったり、金銭の多寡だったりする。


この世界で言うところの力といういうのは、結局のところ、暴力である。

その暴力から自らを守るために、より大きな暴力を有する者に従う。

クローデン王国であろうと、他の国であろうと、組織した軍による暴力があるから、その庇護を求め、民が集まり、国としての体を保っていられる。


だから、他者を従えようと思うなら、本当の自分よりも強く見せる努力をわざわざしなければならない。

ふんぞり返り、時にはあえて力を誇示して見せることもしなければならない。

どうだ、俺はお前たちより優れ、お前たちより強い力を持っていると演じ続けなければならない。


力を誇示する人間はあまり好きでないが、国を興し、集団の長になるためにはそれを自らが演じ続けなければならないのだ。



ヅォンガが部屋を出て行くと、入れ替わりでオイゲン老がやって来た。

オイゲン老は、ザームエルの支配域を把握するために必要な地図や闇エルフ族が代々残してきた記録や書物のうちから役に立ちそうなものを選んで持ってきてくれた。

読むのにかなり骨が折れそうな量だったが、読書は昔から嫌いではないので、何とかなるだろう。


「いかがでしたか。家畜人間の牧場は」


「なんというか。衝撃を受けたよ。ひどい扱いをされ、解放を望んでいるのかと思っていたが、そうではなかった。ヅォンガが来なければ暴動が起きかねないところだった」


「やはり、そうでしたか」


どうやらオイゲン老には、家畜人間たちがどのような反応をするのかわかっていたらしい。遅れてヅォンガを寄こしたのもオイゲン老の考えであるかもしれなかった。


「解放し、希望する者は王都にでも送り届けようと思ったが、考えが甘かった」


「家畜人間たちは会話は出来ますが、ほとんどの者は読み書きもできず、生計をたてるすべを持ちません。魔境の森をでて、クローデンに送り届けたところで縁者もおらず、苦難の日々が待っていることでしょう。ましてやこの過酷な≪魔境域≫では自らの力で生きながらえることすら叶いますまい」


同じ人族の共同体に還すことも、解放することもできない。

結局のところ、彼らを救うには少しずつ自活できるようになるまで、教育し、庇護下に置かなければならない。

それは一朝一夕でできることではないし、時間がかかりそうだ。


「クロード王、お一人で悩まれることはありません。このオイゲンをはじめ、他の者もおります。皆で考えれば良い知恵も浮かびましょう」


オイゲン老は励まそうとしてくれているのか、いつもより少し明るい調子で言った。


「オイゲンは何か、家畜人間の処遇について考えがあるか」


「時間はかかりますが、少しずつ教化を進め、この土地に適応させていく他ありますまい。言わば「脱家畜化」とでも申しましょうか。法と秩序を与えながら、家族を持たせ、自営自活の術を身につけさせる。クロード王が全種族に彼らの「所有」を宣言すれば、多種族も危害を加えることはないでしょうし、脱家畜化のための協力も得られやすいでしょう」


「わかった。所有を宣言しよう。他の種族に周知しておいてくれ」


「承知しました。家畜人間たちの教化には、我が一族の者からも人を出しましょう」


オイゲン老は一度頭を下げて礼をすると部屋から出て行った。





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